長女の情緒不安定の理由
結婚指輪のことが気になって仕方ないわたしは、昼食をとるとすぐに子どもたちを車に乗せて、海浜病院へ向かう。車中、長女だけが起きていたので話しかける。
「最近、大声をあげたり、『あかちゃんを病院へ帰して』と言って、おばあちゃんを困らせるのはどうして?」
「ジュースを買ってくれたらしゃべってあげる!」
「病院で飲もう」
「ママと一緒にカップ麺が食べたい!」
「わかった。でも、おばあちゃんがせっかく夕食をつくって待ってくれているので、カップ麺はひとつだけにしようよ」
長女はしゃべりだした。
「ひとつはママがいないから。ふたつめはパパがぶりぶりうるさいから。みっつめはパパやおばあちゃんがあかちゃんばっかり可愛がってわたしに抱っこさせてくれないから」
「おかあさんがいないのは病気だから仕方ないよな。おとうさんがうるさいのは直すように努力する。それからあかちゃんは自分でミルクを飲めないからおとなが飲ませているだけなんだよ。首がすわったらおねえちゃんにも抱かせてあげるからね」
「わかった」
海浜病院では、おととい停めていた駐車場を見て、1階の警備員室で尋ねる。
「指輪はありませんでしたか?」
「現在のところ届いていません。3階でも尋ねてみたらどうですか?」
新生児室でも声をかける。
「おととい退院した赤児の父親ですが、指輪が出てきたら連絡いただけませんか?」
千葉大病院で妻を見舞うと、長女が約束を果たすよう求めてきたので3階の売店へ行く。
箸を忘れて、長女と長男に取りに行かせているうちに、妻の夕食が運ばれようとしている。食堂を使う患者もいるので、カップ麺にお湯を入れるとすぐに病室へ戻る。
次男が「ぼくが先、ぼくが先」と叫びだすが、わたしは「大きい順番」と言って、わたしは自らの口の中へ少量の麺を流し込み、妻へ渡す。
途中、長女と長男がいっぱい食べたため、次男のブーブー病が始まった。
「ぼくのがない! ぼくのがない!」
家に帰ると、母が話しかけてくる。
「おかあさんが『娘と孫を引き取ってもいい。小学校も近いから』と言ってきたよ」
「妻の抗ガン剤の点滴が終わるまでは病院を変われない。現在の千葉大病院だと手術や治療の過程で人間関係ができているけど、転院したらここまで面倒を見てくれない。それを義母さんへ頭ごなしに伝えるとつむじを曲げるかもしれない。妻から言わせるよ」
朝6時すぎに家を出る。大網駅上り線には乗客がびっしり並んでいる。久々に見る光景だ。6時20分発の京葉線快速東京行は混んでいるので、6時32分発の総武線快速東京行にする。あまり寝ていなくて一刻でも長く睡眠をと考えていたので座れるのは幸運だ。
会社には8時に着く。初校ゲラが積まれている自席で順番に目を通す。
朝礼後、部署の打ち合わせを行い、スタッフから進捗状況と今後のスケジュールの報告を受け、必要な事項を助言する。
「9月はイベントが目白押しで、しかも取材日程が重複するため、腹痛や発熱で急に取材に行けないとなると困るので、健康管理にはくれぐれも留意し取り組んでほしい」
再び原稿の校正に取り組み、修正の緊急性の高いゲラのみセレクトして、写植会社の小出修二氏に修正ゲラと新規のフロッピーを渡す。
「内校して16時に全部持参します」
これまでよりもスピードアップしてくれている。
「どうしたの? 早いなあ!」
「4台のマシンのうち3台をフル稼働して取り組みます」
「感動ものだ。ありがとう!」
昼食時間に、従業員共済組合の入院見舞金支給と借り入れの手続きを行なう。借り入れは家族増員のための自家用車購入と妻の入院治療代に充てる。
入院見舞金の支給には証明書が必要なので海浜病院の電話番号を家に電話して尋ねると、母が「海浜病院から指輪が見つかったと連絡があったよ」と教えてくれた。
写植会社の小出氏が持参してくれた原本をコピー機の丁合を使ってセットし、ヤマト運輸で発送手配する。
その後、千葉大病院で妻に喜びを伝える。
「指輪がみつかった!」
「良かったね」
わたしは妻が喜ぶようなそぶりがないのが少々不満だ。
「指輪のおかげでこれまでずっと経過がよかったが、失くした日に『田川一真先生から話がある』と言われたときドキッとした。でももう見つかったから大丈夫だよ。それにしても、指輪がなくなったと言ったら怒るかと思っていたよ」
「だってなくなったものは文句言っても返ってくるわけじゃないから」
その後、妻に長女の情緒不安定の本人弁を聞かせたりして話題は尽きない。ときが過ぎるのも忘れて、長談笑して千葉駅行きのバスに乗り込む。ひさびさにとても充実した1日だった。