「おとうさん、TOEICが875点に上がったよ」
カナダのバンクーバーに向け旅立った三男に対して、わたしはこれから1年間、仮に三男が成果を得て帰国しなかったとしてもそれは彼の問題だ、「金は出すが口は出すまい」と堅く心に誓った。
1か月あまりたって珍しくLINEから電話がきた。
「おとうさん、系列の語学学校へ転校したい」
「なにか問題があるのか?」
「ここは田舎の学校で中高生か、おとうさんぐらいの年配のひとしかいないので友だちができないんだ」
わたしは三男はもしかしたら遊びたいのかもしれないと思ったが、「金は出すが口は出すまい」の原則にもどった。
「下宿代が上がらないんだったらいい」
「シェアハウスに住もうと思う」
「それはやめとけ。料理をつくる時間がもったいないし、栄養が偏るかもそれないから賄い付きにせよ」
「わかった」
三男は女性同士の大家さんの結婚披露宴にでるとすぐにバンクーバー市内の下宿へ移動した。
日本出国約1年後、三男は弾む声で連絡してきた。
「おとうさん、TOEICの成績が875点に上がったよ」
「本当か? よく頑張ったな!」
「おとうさんが応援してくれたおかげだよ」
「父の最年少の友人からこんなメールが届いた。『山ノ堀さんが行なわれていたフォーラムの受講を機に視野が広がり、日本の大学を中退し、アメリカの語学学校へ通い、C大学を4年間で卒業して、日本の製薬会社へ就職しました。大変お世話になりました。心より感謝しております』と。国内トップクラスのエクセレントカンパニーだ。いまの大学を中退し、退路を遮断してアメリカやカナダの大学へ進学する道もある」
「ぼくは日本の大学でいいよ。2月上旬に帰るからよろしく」
「わかった」
後日、三男は「語学学校の事例に載った」と言ってURLをおくってきた。
「ぼくよりも少し点数が上の人間もいるけどそいつはもともと英語ができたからね。ぼくのように250点から875点というのはいないらしい」
「ところでどうやって875点に上げたんだ?」
「バンクーバー市内の語学学校に転校して同い年ぐらいにどんどん話しかけた。そうしたら耳がよくなった。リスニングは満点だよ」
「そうか?」
「日本の友だちは20年間で100人、カナダでは1年間で100人だよ」
わたしはアドラー心理学の「課題の分離」におおいに感謝した。