235.「彼はイップスですよねー」

  1. 朝飯前の朝飯

「彼はイップスですよねー」

 三男が西練馬リトルシニアへ入部して1年半がたつ。

 半年前に上級生が卒団し最上級生になると、鵜飼實斗監督から「キャッチャーのレギュラーをつとめてもらいます」と言われた。

 そしてこの半年間、三男はキビキビとしたプレーで扇の要を守ってきしたし、かれのバッティングで勝った試合もあった。

 しかし、1月の関東大会の予選、調布リトルシニアとの1回戦で、ピッチャーの大府選手が大暴投、キャッチャーの三男もセカンドへ送球するべきところ一、二塁間のだれもいないところへ悪送してしまった。

 キャッチャーの三男のみ即交代。

 三男のプレーが失点につながり、大切な試合も1対2で敗戦となった。

 これ以降、キャッチャーの三男は二度とスタメンに登録されることがないばかりか、試合でマスクをかぶることも皆無となった。

 2月になり、三男が相談をもちかけてきた。

「おとうさん、おれ、味の素スタジアムで行なわれる東京駅伝の北区の代表選手に選ばれたんだ。北区内の中学校で予選会をして、おれ全体の3位だったんだ。サノセン(体育科の佐野漣教諭)から『期待しているぞ! ベタ足』って言われた」

「おめでとう。絶対、見に行くよ! ところでベタ足とは?」

「おれの足の裏、見て! こんなベタ足で長距離が早いやつはいないらしいんだ」

「そうか、すごいじゃないか!」

「でも、駅伝は断ろうと思うんだ」

「えっ、どうして?」

「だってこの前の関東大会の初戦でエラーしてレギュラーを外されている。ぼくにとっては野球のほうが大事だよ。がんばったらまたレギュラーへ戻れるかもしれないし」

「キャッチャーにショートからキャプテンの稲垣選手がコンバートされたんで復帰はきびしいだろう。むしろ駅伝と野球の両方やったほうが可能性が広がる。鵜飼監督にはおれから言ってやるよ」

「変なこと言わないでね」

「大丈夫だ」

 後日、練習試合の遠征先で鵜飼監督と川田良男ヘッドコーチに声をかけた。

「息子が『東京駅伝』の北区代表に選ばれました。本人は野球を優先しなければと悩んでいるようなんですが」

「川田さん、彼は長距離だとうちで2、3番目でしたかねー」

「3番目です」

「おとうさん、野球というのは打って走って捕るスポーツです。野球で三拍子そろっている選手は陸上だって卓球だってなんでもいちばんになれますよ。ところで彼はイップスですよねー。駅伝に出場していただいても大丈夫です」

 わたしは鵜飼監督が言い放った「イップス」が気になりネットで検索してみた。

「精神的な原因等によりスポーツの動作に支障をきたし、突然自分の思い通りのプレー(動き)や意識ができなくなる症状のこと。本来はゴルフの分野で用いられ始めたが、現在ではスポーツ全般で使われるようになっている」

 プロ野球では田口壮選手(元オリックスブルーウェーブ、元メジャーリーガー)のように内野から外野にコンバートされて復活する例もあるが、ピッチャーやキャッチャーの場合だときびしいようだ。

 これを読んで、わたしは確信した。

    日本一をめざすような強くて、指導者が選手を追い込み、選手同士もしのぎを削るチームだと、三男のような争いを好まないやさしい人間はついていけないのかもしれない?

「キャッチャーはイップスを克服できない」と信じているキャッチャー出身の鵜飼監督と川田ヘッドコーチのもとでは、三男の西練馬リトルシニアでレギュラー復帰の可能性が極めて薄いだろうと。

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