『つりばしゆらゆら』と出会い 大人と子供に読みきかせ20年

  1. 鄙のまれびとQ&A
鄙のまれびと 3

 女優の中井貴惠さんは幼い我が子へ読み聞かせをしていて、童話作家の森山京さんのきつねのこシリーズの1冊の絵本『つりばしゆらゆら』(あかね書房)に出会ったことで、大人と子供のための読みきかせの会を結成。朗読、大型絵本、音楽、照明のコンビネーションが抜群。毎年のように新作を披露し、現在16作品にのぼる。代表の中井さんに20周年記念公演の会場でこれまでの活動や今後の展開について聞いた。

■ゲスト 
 女優・エッセイスト 中井貴惠 さん

■インタビュアー 
 旅するライター 山ノ堀正道

深いストーリーの
「はなさかじいさん」

 ――「大人と子供のための読みきかせの会」20周年記念公演「My 20 Years ~それぞれの20年 感謝をこめて~」おめでとうございます。20年を振り返ってどうですか?

 中井 平成10年(1998年)10月より活動を開始し、これまでに保育園、幼稚園、小学校、養護学校、老人ホーム、病院などで約1,400回の公演を行なってきました。 20年よく続いたと思います。

 ――今回2部構成で、第1部は「もう一度、見たい見せたいあのシーン」でした。全15作品のうち9作品のダイジェスト版、一挙公開はとても迫力がありました。大型絵本の制作と操作が大変でしたね。

中井貴恵さん03

 中井 大型絵本担当の平野は「家が狭い、狭い」と言いながら毎回あれだけ大きな作品を作ってくるので本当にビックリさせられます。

 ――第2部は「はなさかじいさん」でした。新作の場合、最初に中井さんが方向性や指令を出すのですか?

 中井 全然、出しません。みんなで何にしようかと毎回話し合います。それぞれが専門家ですから音楽でも大型絵本でも好きなようにつくります。今回、絵は平野が描いて、お花は平野のおかあさんが作ってくれました。新作を「はなさかじいさん」にしたのは、どこかの学校で子どもたちから「日本の昔話をやって」と言われたからです。日本昔話はいずれ取り上げたいと思っていましたが、その中から何にしようか迷いました。荒井から「誰もが知っている歌があるのがいい」というリクエストがあり、絵本の仕掛けをしてみんなが「わーっ」と歓声をあげるとなると「はなさかじいさん」かと思ったわけです。その「はなさかじいさん」の内容をひもとけば深いストーリーだということがわかりました。

 ――「正直者が馬鹿を見ない」ということですか?

 中井 私は小さいとき正直者のおじいさんがなんで花を咲かせられるのか疑問でした。今になって、亡くなった犬のシロがおじいさんに花を咲かさせているのだなと気づきました。それがこの公演で伝わればいいなと思いました。シロの、おじいさんおばあさんへの恩返しがベースにあるのです。

 ――第1部で取り上げた「ずーっとずっと大好きだよ」もメッセージがありますね。

 中井 「はなさかじいさん」とは違ったメッセージですね。声に出して「好き」って言うことの奨励です。今日も泣いている人がいっぱいいましたが、犬が亡くなる話はダメですね。小学校1年生の国語の教科書にも掲載されましたが、1年生だと死んじゃってかわいそうっていうところで終わります。それでもあの本の素晴らしいところは死以外も描いていて、それを大人は気づくわけです。

 ――今日の公演でよかったなと思ったことを教えてください。

 中井 20年前に小学生だった女の子がお子さんを連れてきてくれてすごく感慨深かったですね。

『つりばしゆらゆら』を読んで
読みきかせの会を発足させる

 ――メンバーをご紹介ください。

 中井 ピアノ・キーボードが荒井泰子と高槻真理子、尺八が三塚幸彦、箏が小野美穂子、チェロが清水彩智、大型絵本制作・操作が平野知代子と宗佳代子、照明が加藤悦子、朗読が中井貴惠です。作曲・編曲は荒井、三塚、小野が行なっています。

 ――中井さんはどういう思いでこの会を結成したのですか?

 中井 森山京さんのきつねのこシリーズの1冊の絵本『つりばしゆらゆら』(あかね書房)に出会ったことがきっかけです。
 吊り橋の向こうにまだ見ぬきつねの女の子がいると知った主人公のこんすけは、ゆらゆら揺れる細く長い吊り橋を毎日怖がりながら一歩ずつ進んでは戻るを繰り返していました。橋の半分まで渡ったところで友達に見つかり心配をかけないようにと思い、女の子に「またいつか遊ぼう」と言葉をかけて、橋を渡ることをやめてしまうのです。

中井貴恵さん02

 多くの本に用意されているハッピーエンドとはほど遠いこの結末に、私は胸を締め付けられました。「頑張ってもできないことはたくさんあった。途中で諦めたこともいっぱいあった。そんなことを経験して自分は大人になった。おそらく隣で聴いている幼い娘たちもこういう思いをして大人になっていくのだろう」と。

中井貴恵さん04

 こんな素晴らしい絵本がこの世にあるのであればぜひ自分の声でみなさんに伝えたい、子どもだけでなく大人にもと思い、森山さんに手紙を差し上げました。森山さんは田園調布の幼稚園で行なった公演に来てくださり、「それまでにも放送や舞台でさまざまなこんすけに出会ってきて、今回のこんすけに対しても、プロによる巧みな朗読というほどにしかあまり期待していなかった。それが中井さんの口から短いセリフが発せられた途端に、『あっ、こんすけがいる!』と思った。ためらいがちで、おっとりした物言いが、かねがね私が思い描いていたこんすけそのものだった」と言って喜んでくださいました。

 ――メンバーにはどのように声をかけていったのですか?

 中井 小学校3年生のときに転校して数十年ぶりに再会した荒井から「小学校の母の会で子育て論を語ってほしい」と頼まれた際に「やりたいことがある。朗読に音楽を入れた読みきかせよ」と言ったら「私はピアノができる」という言葉が返ってきました。
 三塚と小野とは、ここにはいませんがギターの曽宮良一さんとのユニット「遠音」を私が北海道在住のときNHK札幌放送局の番組でお呼びしてからの付き合いです。
 平野とは子供同士が同級生です。平野が妹の宗に呼びかけてくれました。
チェロの清水は一度楽器を手放していたとき、彼女のお母さんが絵本『1000の風、1000のチェロ』(偕成社)を渡したのをきっかけに再びチェロを弾くようになりました。この会に来たときは婚活中でしたが、見事に好男性を見つけて結婚しました。
 ほかに照明の加藤悦子がいます。

 ――途中、荒井さんのご病気がありましたが。

 中井 12年前に荒井が病を患い半年以上休んで、もう活動もできないと思っていたのにほんとによく復活してくれました。ひとりが欠けてもこの公演はできないのです。

 ――荒井さんの利かない左手を、妹さんがカバーし伴奏されているのですね。

 中井 素晴らしいですよ。楽曲をふたりで弾いている感じがしませんね。大型絵本は平野・宗姉妹がふたりで描いて操作の息もぴったりです。相当な段取りをしないと、絵本と音楽と朗読が合いません。今回、荒井が書いた曲も素晴らしいです。左手が動かなくなってから両方の手で弾く曲を片方の手で書くというのはとても難しいことだと思います。

 ――被災地を回って勇気づけたり、募金の中から寄付をされているとか。

 中井 中越地震や東日本大震災、熊本地震など被災地で復興公演を行ないました。私達の公演で精神や肉体の疲労が和らぐかといったら難しいと思います。百人のうちひとりでも救われることができるのであればという気持ちで行なっています。メッセージがどこまで届いているかはわかりません。
 寄付はこれまでに夏目雅子ひまわり基金、アイメイト協会、エイブル・アート・ジャパン、日本盲導犬協会、ドイツ国際平和村、社会福祉法人NGO協働センター等18箇所へ送金することができました。

小津安二郎映画の
シナリオ抜粋を朗読

 ――今後については?

 中井 どうなるかわかりません。あしたはあしたの風が吹く、1年1年を確実にやっていくだけです。

 ――翻訳本も出版されたのですね。

 中井 アメリカで注目される作家、ケイト・ベアピーさんの初の絵本『ハンナとシュガー』(イマジネイション・プラス)を翻訳しました。犬が怖いハンナは友達の愛犬シュガーが行方不明になったのでたったひとりで勇気を振り絞って助け出すという内容です。「勇気を出して一歩を踏み出す大切さと、小さな女の子の思いやりを、シンプルな絵柄とページ構成で描き出している」と、アメリカでも話題の絵本です。
 2作目も同じくケイトさんの絵本で『メイがはじめてがっこうへいくひ』(イマジネイション・プラス)です。これは初めての登校日にお母さんに引きずられるようにして学校へ着いたメイが校門近くの木に、同じく学校へ行くのが嫌な同級生と登ります。そこへ新任の先生も上がってきて果たしてどうなるかという話です。

 ――中井さんの個人的な活動としては?

中井貴恵さん05

  中井 平成21(2009)年からシリーズで続けている「音語り 小津安二郎映画を聞く」が今年10周年です。早稲田大学小野記念講堂で10月10日にゲストの佐野史郎さんと「小津映画の魅力について」の対談等、11日「晩春」の音語り、12日「秋刀魚の味」の音語りと映画、13日「東京物語」の音語りと映画、14日「麦秋」の音語りを行ないます。

 ――小津さんとは家族ぐるみのお付き合いだったとか?

 中井 小津さんは父(佐田啓二氏)と母の仲人をしてくださった方です。私が小さいときにとても可愛がってもらいました。一緒の写真もいっぱいあります。小津さんのエッセイを朗読で伝えていけないかと思ったのですが、元小津組プロデューサーの山内静夫さんが「シナリオを朗読用に抜粋して、間をト書きで繫げばいい。僕が作るよ」と言ってくださり始めました。

 ――「東京物語」など不朽の名作ばかりですね。

 中井 そうですね。それと出演者は笠智衆さん、杉村春子さん、原節子さん、三宅邦子さんなど、日本映画史を彩った素敵な俳優さんばかりです。その方たちが役に一度命を吹き込んだものを、私は読むわけです。そのイメージをなるべく損なわないように伝えたいと思っています。よかったら10月に早稲田大学へ来てください。


プロフィール

中井貴恵(なかい・きえ)さん

1978年、早稲田大学在学中に映画「女王蜂」のヒロインでデビュー。1982年、映画「制覇」で日本アカデミー賞助演女優賞受賞。その他数々の映画、ドラマに出演。1998年より「大人と子供のための読みきかせの会」の代表をつとめ、幼稚園、小学校、養護施設、小児病棟などでの公演は現在までに1,400回に及ぶ。アイデアいっぱいの大型絵本は子供達に大人気だ。2009年にスタートした小津安二郎監督映画を、ト書きから出演者すべてを一人で朗読する「音語り」シリーズ6作品を全国で公開中。2013年、映画「にんじん」に出演。2015年、人気小説『あん』を原作者ドリアン助川氏と二人で演じる「朗読劇あん」を初演。2017年より翻訳絵本を取り上げる「おとな絵本の朗読会」をスタート。エッセイ、絵本の翻訳本多数。2018年、絵本翻訳本『ハンナとシュガー』、2019年『メイがはじめてがっこうへいくひ』発売。

●音語り10周年記念公演「小津日和」詳細は、公式サイトへ

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