141.「政治家の葬儀でもこんなに集まりません」

  1. 朝飯前の朝飯

「政治家の葬儀でもこんなに集まりません」

 葬祭場で寝ていて午前4時に妻のすすり泣くような声を聴いて目が覚める。

 声の主に近づくと、DVDが流れていて泣き声ではなかった。

 子どもたちは「徹夜だ!」といっていたが、椅子を並べて仲よく寝ているのでそれぞれに毛布をかけてやる。

 妻の遺影を見ていると無性に泣けてきて、涙が止まらない。

 と同時に子どもたちから信頼の篤い母親(妻)を失い、「おれはいったいこれからどうすればいいんだ? とくに三男はまだ中学1年生だ。これからの育児も長い!」と思うと途方に暮れる。

 朝7時、次男が中退した高校の学年主任、担任の両教諭が遠路かけつけてきてくださったので次男に挨拶させる。

 控室の机上に「天女になった妻」が無造作に置かれている。

 見れば誤字・脱字だらけなので自宅に戻り、再びパソコンへ向かう。

 弟にも数か所ミスを指摘される。

 父は「何をやっているのかと思ったら手記か? あれは反響があるじゃろうのう」と言う。

 にぎり飯をひとつつまんで家を出て、大里綜合管理で手記を再度コピーしてもらう。

 アスカ葬祭へ戻ると、木林健伍さんに「席を増やしてください、花輪の順番を変更してください」と依頼し、弔電について話す。

「弔電が多数届いています。時間の関係で全文を2通、名前だけを5通、その他省略とさせてください」

「全文読み上げは勤務先の社長、関連会社の会長にしてください。妻のことをよく知る小田全宏さん(ルネッサンス・ユニバーシティ代表)や中井貴惠さん(大人と子供のための読みきかせの会代表)の文章もとても素敵なので読んでほしいのですが」

 小田さんには大里が、中井さんには元PTA会長の大山力さんが連絡してくれたようだ。

 副住職に挨拶しようと思ったところが「寺田昭男先生がお見えです」と聞いてホールへ向かう。

 そこには寺田元編集長夫妻、岸岡行正社長、岩野清志専務、関連会社の吉田陽生社長、鶴谷賢二取締役、宮滝勇一次長等の顔があり一人ひとりに礼を述べる。

 きのうの住職とは違う若い副住職にお布施とお車代を渡す。

 読経の際、目をつむっていると、木林さんから「会葬者へ会釈をしてください」と注意される。

 それからは全員の顔を見て目礼。

 朝は学校や仕事があるので昨晩よりも圧倒的に少ないだろうと思っていたら、ロン毛や茶髪の次男の友だちが10人ほど焼香にきている。

 場違いな雰囲気ととらえた上場企業元役員の叔父が唖然とする。

 献花で木林さんから「遺族が最初に故人の胸元から徐々に下へ置くように」と指示があり、わたしが百合を置き、長女、長男、次男、三男、義父、義兄、父、母、妹、弟と続く。

 そのとき会葬者全員が色とりどりの花を棺に入れ、妻の貌だけを見せる。

 棺桶に蓋をしたあと、長女が妻愛用の品を窓から入れる。

 喪主挨拶のあと、義兄の親族代表挨拶が涙を誘う。

「妹は昔からマイペースの頑張り屋で、苦しくても顔にださないタイプでした。この間、何度か見舞ったがいつも元気でした。いまとなっては元気を装っていたのかもしれません」

 いよいよ出棺となり、導師を先頭に親族、親戚で棺を持つ。

 エレベーターで1階へ降り、霊柩車へ入れる。

 わたしが位牌を手に助手席へ、長女が遺影を持ち後部座席に乗る。

 長男たちはアスカ葬祭が手配した大倉観光のバスを利用。

 大里綜合管理の野老社長が見送ってくれたので声をかける。

「一緒にこない?」

「人数多そうだからやめとく。わたしは人数が少ないとき行くようにしている」

「わかった」

 霊柩車の中でドライバーの小林さんが口火を切る。

「昨晩はすごかったですね。うちの営業所始まって以来の会葬者らしいです」

「会社と学校以外はほとんど声をかけていません。何人ぐらいでしたか?」

「通夜に500人超、告別式に100人超だと思います。政治家の葬儀でもこんなに集まりませんよ」

「ありがたいことです。妻の功徳でしょう」

 わたしはあらためて妻の控えめながら求心力の大きさに感心した。

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