136.「長女がおらんと思うたら行方不明か?」

  1. 朝飯前の朝飯

「長女がおらんと思うたら行方不明か?」

 妻をアスカ葬祭の車へ乗せると、木林健伍氏が話しかけてきた。

「おくさんはまだお若いですね?」

「47歳です。悪性黒色腫の再発・転移で逝きました」

 車は千葉東金道路から一般道へ降りた。

 わたしは妻に語りかける。

「あれが十年間、子どもたちを連れて通った幼稚園だぞ。こっちは小学校、あっちは中学校だよ」

 そして20年間、家族とともに暮らした自宅へ着く。

「思いでがいっぱいつまった家だな。上にあがろう」

 妻からはなんの返事もなく、まさに無言の帰宅だ。

 少しして実家の父から電話がある。

「きみの嫁さんはとても残念なことじゃ。気を落とすなよ。ところで大阪の警備会社からわが家へ電話があって、マンションとマンションの間から女性の財布が出てきて、そのなかにわしの名刺が入っとったと言うんじゃが。もしやと思うて電話したんじゃ」

「連絡ありがとう。これから妻の通夜・告別式の打ち合わせを行なう。そのあいだに長女も捜さんといけん。体がふたつほしいくらいじゃ」

「大変じゃろうが気を確かにもてよ。わしらもこれからそっちに向かうけーの」

「よろしゅうたのみます」

 長女のことは大阪の会社へ勤務している弟に電話で頼む。

「けさ妻が亡くなったよ」

「ほんまにー」

「それと朝から長女が行方不明なんで大阪府警に当たってもらえんじゃろうか?」

「大変じゃなー。こっちでできることはするけー。気を落とさんように」

 埼玉の関連会社へ出張していたエンジニアの義兄もかけつけてくれた。

「ダメじゃったんかー」

「八方、手をつくしたんじゃが」

「残念じゃが、仕方ねえのー」

 ずっと寄り添ってくれた義父が助け船を出してくれる。

「正道くんはほんとにようやってくれた。あれもきっとそう思おとるはずじゃ」

 アスカ葬祭の木林健伍氏が突然ビジネスライクになって話し出す。

「今後のスケジュールですが、6月8日(月)18時~通夜、9日(火)11時半~告別式、12時半~出棺、13時半~火葬となります。香典返しは2,000円×200人分、親族・一般・お寺さんの通夜振る舞いは24,175円×2が標準です。忌中払い(精進落とし)は火葬場となります。アスカメイトへの入会10,000円で780,000円×0.8(2割引)となります。湯灌(ゆかん)の儀は100,000円、あす10時から行ないます。『忌中』を貼ると泥棒が入るので最近はださない傾向です。その前に決めていただきたいのが導師です。宗教やお寺は?」

「父はクリスチャンですが、先祖は天台宗から改宗以来ずっと浄土真宗本願寺派なんでこちらで考えています」

「山武郡市と千葉市内の真宗のお寺はこれだけあります。ご縁はないでしょうが、どこかへ連絡していただけませんか?」

「待ってください。いま長女が行方不明なんです。娘を捜しださないと、妻の通夜・葬式どころではありません。先ほどの説明もなかなか頭に入りません」

「もちろん娘さんの安否も大事でしょうが、導師が決まらないと火葬場の手配ができません。それと遺影に使う写真を用意してください」

 わたしが腕組みをして弟の連絡を待っていると、義兄が話しかけてくる。

「(長女が)おらんと思うたら行方不明なんか?」

「大阪の会社へ就職した直後に妻が入院することになって、1か月働いて社長から長期休暇をもろうてこっちへ帰ってきたんよ。それからずっと看病をしとったんじゃけど、きのう急に『大阪へ帰る』言うて行ったきり連絡がねえんよ」

「そりゃー、てえへんじゃのー。無事ならええが」

 携帯電話が鳴る。

「プルルン」

「兄貴かな? いま大阪府警におってなー、捜索願の手前の準捜索願いをだして捜してもらよーるんよ。いまはまだ手がかりがのうてわからんのんじゃが、なんか進展があったらまた連絡するけー」

「わりい。ひきつづきよろしゅうたのまー」

 遺影の写真はカメラマンへ電話して手配する。

 妻と長女は、一卵性双生児のようなところがある。

 わたしは「もしや妻が長女をあの世へ呼んだのだろうか? だったら妻と長女を一緒に送ってやらなければいけない? いやそんなことはない! 長女はかならず帰ってくる!」との思いが交錯した。

(つづく)※リブログ、リツイート歓迎

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