11.入院前夜

  1. 朝飯前の朝飯

入院前夜

 あまり寝付かれなくて朝5時に目が覚める。

「そうだ、会社へ行こう。会社で加藤佳寿夫専務(当時)へ報告し、当分のあいだ休暇をもらわなければ」と思い、立ち上がる。

 朝食をとらずにヘルスメーターにあがるとさらに軽くなっている。

   妻に大網駅まで送ってもらい、6時23分発の通勤快速東京行きに乗り込むと車内はがらがらで4人ボックスシートにただひとり。

 大網駅から土気駅の真ん中にトンネルがあり、そこで車内が一気に暗くなり、「ゴーッ」という音がいっそう激しく響く。

   ここで妻のことを考えると、これからが長いトンネルのように思え無性に悲しくなり、涙がぼろぼろと頬をつたう。

 車窓に自分の泣き顔が映り、思わず「あーっ」という嗚咽のあとに妻の名前を叫ぶと、やりきれない想いが増幅するが、それもトンネル内の「ピーッ」という車笛の音にかき消された。

 土気駅で乗客がどんどん乗り込んでくるので、わたしは大急ぎで涙をワイシャツの袖でぬぐい、ポケットティッシュで鼻をかんだ。

 市ヶ谷駅に7時50分に着き、コンビニでカロリーメイトと野菜ジュースを買い込み8時に出社し、部下と言葉を交わす。

「カロリーメイトとは珍しいですね。奥さん大丈夫ですか?」

「おれが、飯が喉を通らないんだ。妻のことは、無事を祈るしかない」

 9時に加藤専務から「どう?」と尋ねられる。

「ちょっと話があります。会議室でよろしいですか?」

「奥さんの体を第一に考えるように。きみは会社の功労者だ。K誌編集室長のポストは誰にも渡さないので安心して1か月でも2か月でも休んだらいい。自宅へFAXを置いてあげるから自宅で仕事をしたらどうか?」

「部下にはどのように説明しましょうか?」

「ぼくから言うので、みんなを集めてほしい」

 わたしは3人の部下を会議室へ呼んだ。

「山ノ堀室長の奥さんが大変なことになった。彼の復帰まで、みんなで力を合わせてやってほしい!」

「申し訳ない。個人的な理由でK誌の質を下げるわけにはいかない。みんなの校正能力は相当上がっているので、自信をもって取り組んでもらいたい。ただ、執筆者によっては過度な校正を嫌がるので、直す場合は了解を取ってトラブルのないように進めてほしい」

 自宅で仕事する資料関係をカバンにつめ込み、早退届を提出して会社を退出。

 病院には13時までに入ることになっており、会社を11時すぎに出る。市ヶ谷駅から総武線に乗り、錦糸町駅で総武線快速に乗り換え、千葉駅12時すぎ着。

 病院では「いま着いたのよ」と言う妻をはじめ、子どもたちの顔がある。

 主に産婦人科の検査、検査が目白押しで18時まで時間を要する。

   途中、入院日が8月3日と聞くと、妻の実家へ電話を入れ、8月4日岡山駅10時9分発ののぞみで来られるかどうかを確認し、子どもたちを引き連れ千葉三越の専用駐車場に車を停め、徒歩で近畿日本ツーリスト千葉支店へ向かう。

   先日、会社の決算対策でもらった旅行商品券を使い、自分の母親と義母の切符を購入。

 子どもたちは店内でもわいわいがやがやと騒ぐので、何度となく「静かにしなさい!」と声を挙げなければいけなかった。

 切符購入後、宛名ラベルに両家の住所などを書き込みトラック便で送付を依頼。

 病院で検診が終わると、すでに時間が遅いので途中で食べて帰ることにした。

「何が食べたい?」

「寿司がいい」

 以前にも訪れたことがある寿司「一力」の暖簾をくぐり、メニューカードを広げると、子どもたちは口々に、「これがいい」「あれがいい」と聞かない。

 最悪の場合、今晩は家族全員が揃っての最後の晩餐になるかもしれないと心に決め、珍しく好きなものを食べさせてやる。

 妻には「これにせよ」といって特撰にぎりを選ぶ。みな口々に「おいしい!」「おいしい!」と叫ぶ。これが最後にならないことを祈るばかりだ。

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