長女・長男の小学校運動会
10時に生保会社の矢尾陽子所長(当時)から電話がある。
「『約十年前から背中の皮膚腫瘍が……』という記述では本部審査にパスしないと思います。もう一度、事実に基づいて書き直していただくか、千葉市土気の診療所でカルテのコピーをもらってください」と言われる。
会社を出て、従業員共済組合の支部行事でアタミニューフジヤホテルへ1泊。
長女・長男の小学校の運動会があるので時刻表を見て4時30分に目覚まし時計をセットしホテルを出発する。
誰もいない改札を通り抜けホームへ入線してきた5時11発の寝台特急に「独身のころ、妻が岡山駅まで見送ってくれ、こんな列車で帰ったときもあったな。あのとき妻は健康だった……」と思い感傷的になる。
寝台特急の車掌へ質問。
「このこだまの指定券と乗車券で寝台特急へ乗られますか?」
「寝台特急料金の5,000円が必要です。こだまの指定券は無効になります」
せっかく熱海駅にいるが、追加料金を払うのがバカらしく、温泉にきて1度も湯船へ浸かっていないことに気づきタクシーで踵を返す。
1012号室からフロントへ連絡すると、「温泉は6時からで、そろそろ大丈夫」とのこと。
地下2階へ降りていちばん風呂だ。さっぱりすっきりしたところで部屋へ戻り、再度着替えて、今度は徒歩で熱海駅へ向かう。
東京駅で京葉線の特急さざなみ、蘇我駅で外房線普通電車に乗り、大網駅で義父が待ってくれている車へ乗り込む。
家へ着くと、すでに妻や義母が運動会の用意を済ませており、弁当などが台所のテーブル上に載っている。
10時から長女・長男の競技が始まるので、その前に次男を自転車の荷台へ乗せ、小学校のグラウンドへ。
保護者席の前列や中列には数多くのブルーシートほかが敷かれ、わたしは入場門近くの空いている場所を確保する。
長男の80メートル走などが始まり、次男には「お菓子を食べてもいいが、この場所を動くな!」と言って、わたしは中央テントそばでニコンの一眼レフで写真を撮影。
2年生の親子競技の案内があり、元の場所へ戻ると、長女が「おとう!」と言って怒っている。保護者が集合していていないのは自分だけだからだ。
また長女は「おじいちゃん、おばあちゃんが探していたよ!」と言って、ふたりの居場所を教えてくれる。
わたしは義父母に次男を託し、カメラの撮り方を教えて、長女のもとへ戻る。
ハラハラ、ドキドキの長女に「どんな競争なの?」と尋ねても、「知らない!」とプイと横を向いたまま答えてくれない。
しかし、自分たちの競技前、紅白対抗得点ボードに白組のリードが伝えられると、長女は跳びあがって喜び、機嫌を直し、「パパね、こうやるんだよ」と言って競技の方法を教えてくれる。
親子ふたりの4組がフラフープに入り向こう岸へ行き、次のグループにバトンタッチするというものだ。
トップと2位がデッドヒートを繰り広げていて責任重大のなか、わたしと長女はトップを死守して次のグループへタッチし、アンカーもゴールのテープを切り1位確定。
その瞬間、長女は周りの男子たちとハイタッチで喜ぶ。
次に長男の親子競技だ。わたしがすぐに入場門へ向かうと長男が「肩車して! おんぶして!」と甘えてくる。
日ごろ、あまり相手をしてやっていないし、母親がしばらく入院しているので、愛に飢えているのかもしれない。
長男たちの競技は、親子玉ころがしだ。これも長女と同様、1着をキープし、何組かあとで逆転を許しつつテープカット。
長男は近所で同クラスの秋山聡くんと歓声をあげる。
昼食時間、シートに6人座るといっぱいなので、わたしは次男をだっこする。にぎり飯にはシャケやコンブが入っていて子どもたちは喜んで食べる。妻は家で留守番している。
午後は団体競技が多く、長女や長男を見つけられなくて写真も撮れずじまい。義父母は家へ戻り、次男は隣家の畑山実さん一家が面倒を見てくれた。
夕方、タウンエースの納車だ。新しい駐車場へ車が入るかどうか心配だったが、バックで左寄せすると大丈夫でパチパチ。トヨタの古川博巳さんへ残金190万円を支払い、領収書をもらう。
古川さんは身内の話をしだした。
「妻は子宮ガンを克服し、保険会社とスーパーマーケットのパートを掛け持ちしています。長男は生後間もなく車に追突され、頭骨がばらばらだったのが奇跡的に後遺症もなく、いまは元気に働いています」
大変なのは自分だけではないのだと思い、菓子「伊豆の踊子」を「どーぞ、どーぞ」と勧めたあと、会社まで送る。道中、古川さんから話しかけられる。
「千葉市内の抜け道にも詳しいんですね」
「妻が悪性黒色腫の摘出手術で千葉大病院、三男が未熟児で海浜病院へ入院したため地理が詳しくなりました。病院から病院へ移動の間、お宅の中古車センターが目に入ったのです」
帰宅後、ひとりで食事をとりながらTBSテレビ「知ってるつもり」の「チンギス・ハーン」を流していると、寝ていた義父が起きてきたので一緒に泡盛を飲む。
「モンゴルいうのは雄大よのお。自分が産まれた満州も広かった。夕陽が地平線に沈むんぞ」
しばし義父の思い出に浸りながら、いつまでも平和な家庭であることを祈った。