158.「17対3、あなたのおくさんの誕生日でしょ!」

  1. 朝飯前の朝飯

 「17対3、あなたのおくさんの誕生日でしょ!」


 全日本リトルリーグ野球選手権大会の2日目、いよいよベスト4の激突だ。

 千葉市天台へ6時半集合なので5時50分に家を出た。

 長男が「おかあさん(遺影)を、連れてきた?」と尋ねる。

 引き返そうとすると、三男が「確定で遅れるじゃん」と言う。

「じゃあ、いらないか?」と尋ねると、「いる」と答えるので踵を返す。

 三男が言うようにシビアな時間だ。

 スピードアップして天台へ6時29分着。

 三男は野球バッグを持って選手車へ急いで移動する。

 選手車等とは単独で湾岸道路を走っているとき、急に叔母の顔が浮かんできた。

    わたしが上京したとき義叔父・叔母が最も親身になってくれた。

    義叔父は広島県に生まれ、師範学校卒でありながら肺病を患っていたので教職に進まないで、裸一貫で上京し、工場長として工員を鼓舞しながら江戸川に居を構え、松戸や柏にも広い不動産を買い広げた人物だ。

「まーちゃん、不動産屋はなー、大きな商いをするんで、身なりで金を持っているかどうかを判断するんだ。なめられないように多少ハッタリやジョークを交えなきゃいかん」

    こう言って、わたしのアパート探しに立ち会ったり、東京での生活のイロハを指南してくれた。

    父に「江戸川へ行く?」と尋ね、「時間があるなら妹に会いたい」とのことだが、じつはわたしも会いたかったのだろう。

    叔父は1年前に亡くなり、先日一周忌を終えたばかりだ。

 叔母は自宅にいて、盛んに「家に上がるように」と言ってくれるが「時間がないので」と言って玄関で立ち話をする。

 ナビで「江戸川区球場」を入れると、所要時間20分とでる。

 球場近くで8時ちょうどに長女から「西葛西駅へ着いた」との連絡がある。

 ひとまず長男を球場で降ろして、預かっていた必勝うちわを届けさせる。

 長女を駅に迎えに行くが見あたらない。

 そのとき長女から「ロッテリアでおかあさんの好物だったエビバーガーを食べている」と連絡がある。

 江戸川区球場前でみなを降ろし、わたしは有料駐車場へ車を停める。

 球場にはいるとなじみの顔があり、うちわもすでに配られていて安堵する。

 8時半、第1試合の対戦相手、優勝候補のオール大宮リトルリーグのシートノックからスタート。

 このチームは3年前の全国選手権大会の覇者・川口リトルリーグを2年連続で破って勝ち上がってきたツワモノたちで動きが機敏で洗練されている。

 7分後に、千葉市リトルが登場し、きょうはどの選手も軽快なフィールディングだ。

 試合開始は8時50分。

 オール大宮リトルリーグが守備に散り、左のエース田村くんの投球ホームが素晴らしい。

 1、2回は見事に抑えられ、これまでの相手とは違う威圧感があるが、3回に片島選手のセンターオーバーのホームラン、井村選手の満塁ホームラン等で6点先取する。

 自軍のエース・若田投手の調子もよくて勝ちムードながら、3回裏に突如乱れ死球を連発、3点を返される。

 千葉リトルリーグの野手が加点すれば再び投手が乱れる。

 投球制限もあり、若田降板後のピッチャーは誰かと気をもむ。

 ピンチで登板したのはなんと父親が元甲子園球児の籠山選手だ。

 なにがあっても簡単には動じない鋼のハートの持ち主で、一塁手として他の選手がまず獲れないような早い打球にも巨体が素早く反応しアウトにする。

 この日はピッチングでも後続をピシャリと抑え、片島選手が2本目のホームランを放つ。

 ふたを開ければ17対3の圧勝だ。

 少したって千葉市リトルの母親たちが「ぎゃー」「えーっ」と騒然となる。

「ねー、ヤマチー、スコアボード見て! 早く!」

「17対3じゃない。どうしたの?」

「なに言ってるの? あなたのおくさんの誕生日でしょう!」

「あっ、ほんとだ! 3月17日だ!」

 わたしは驚きのあまり体からスーッと力が抜け、座席シートに腰を降ろすと、妻の遺影を抱いて小声でささやいた。

「東関東大会の決勝戦に続いて江戸川区球場にも天女になって降りてくれたのか? ありがとうな!」

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