240.「野球は9人だけでやるスポーツじゃないんだ!」

  1. 朝飯前の朝飯

「野球は9人だけでやるスポーツじゃないんだ!」

 三男はイップスの兆候以来、西練馬リトルシニアで依然、補欠だ。

 練習後、駐車場までの道のりで三男がわたしに訴えてきた。

「おとうさん、これ、リトルリーグの世界大会でアメリカへ行く前に買ってくれたキャッチャーミットがボロボロになったんだ。新しいのを買ってくれないかな?」

「あの関東大会の予選でレギュラーを外されて以来、一度も試合に出場していないじゃないか? レギュラーじゃないんだから新しいミットは必要ないだろう?」

 しばらくして駐車場でふたりが愛車ノアへ乗り込むと、三男は語気を強めた。

「おとうさんは団体競技を経験したことないからわからないのだろうけど、野球は9人のレギュラーだけでやるスポーツじゃないんだ! 声だしや球拾いとか裏方も必要なんだ! ぼくはいまブルペンキャッチャーで試合にはでていないけど、ピッチャーがブルペンでボールを投げたとき、ぼくのキャッチャーミットが『パーン!』って大きな音がでて、ぼくが元気な声で『ナイスボール!』って言ってやれば、ピッチャーもマウンドでいい球を投げられるんだ! もしぼくのキャッチャーミットが『ボン』って小さな音だったら、ピッチャーもいい球を投げられない。ピッチャーが完投する試合はそうではないけど、リリーフを必要とする試合は、ぼくの役割が重要なんだ。だから新しいミットを買ってほしい! 新しい服とか当分いらないから」

 わたしは「こいつ、いつの間にこんなに成長したんだろう」と思って中学2年生の顔を見ながら泣けてきた。

「わかった。これからウガイスポーツへ行こう!」

「うん、ありがとう」

 ウガイスポーツとは鵜飼實斗監督が経営している野球用品店だ。

 この店でZETTの5万円のキャッチャーミットを購入した。

 三男は監督やコーチからイップスの烙印を押されている。

    わたしは「がんばれよ!」ではなく、「ピッチャーを鼓舞してやれ!」と言って三男の肩をポンとたたいてやった。

 三男はけなげに「ありがとう」と言って満面の笑みを見せた。

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