「できたら卒業してほしいと言っている。けど産みたい」
羽田空港の全日空(ANA)のチェックインカウンター前で木田母と白坂父と集合する。
「きょうは愚息のためにわざわざすみません」
「いいの。奥星余市とその子どもたちのことだと放っておけないから」
「こちらこそすまんねー。飛行機代の往復と宿賃を負担してもろて」
「いえいえ息子のことでご協力いただくので」
飛行機と電車を乗りつぎ、小樽のホテルへ着くと、木田母が口を開いた。
「退職されている、ある女性の先生に相談したら『女性のからだのことも心配だけど、若いふたりの前途を考えたら中絶したほうがいいんじゃないか?』とおっしゃった。わたしが女性と話をするから、ふたりで息子くんのほうをお願いね」
「それはありがたいお話だ。わかった」
ホテルへ次男と彼女が着いたので軽く挨拶し、わたしと白坂父とで次男と向き合った。
「今後、どうするつもりだ?」
「産もうと思っている」
「どうして?」
「彼女が『産みたい』と言っている」
「おまえの意思は?」
「ない」
「もしそういうことになったら高校を退学してどこで暮らす? どこで働く?」
「千葉で鳶をする」
「本当にそれでいいんだな?」
「ああ」
木田母が女性を伴いこちらへ入室してくる。
「彼女は中学時代、担任の先生から何回もレイプされ、男の人をどうしても許せないって思ってきた。それが次男くんと会って初めて信頼できる男性にめぐりあった。だから産みたいんだって。そうだよね」
「産みたいです」
「せつないなー」
「ひどい体験をしたんだ。……だけど現実問題として、いま子どもを産んだらふたりとも学校をやめなければいけない。子どもを預けて共稼ぎしても生活は厳しい。ましてや雇ってくれるとこなんてないかもしれない」
「……(ふたりはかたくなで、あえて聞かないぞという意思の強さをにじませる)」
「産んだとして、赤ん坊は誰が育てるの?」
「おかあさん」
「育てるって言ってくれたの? 高校も、卒業しなくていいって言ってるの?」
「できたら卒業してほしいって言っている。けど産みたい」
「そうか。ならばいますぐタバコをやめたほうがいい? タバコが赤ちゃんに悪影響をおよぼすと言われているから」
「知っている。でもやめられない」
「それだと、おかあさんはできないと思う」
「(木田母が)言いすぎよ!」
「ぼくは24歳のとき自動車保険が切れたばかりの車で交通事故を起こした。人身でなく物損ですんだけど、相手と自分の車の修理代を稼がなければいけなかった。それでタバコと酒をやめた。タバコはそれから1本も吸っていない。きみだって目的があればかならずやめられるはずだ」
「あーーっ!」
「いや、もし産むとなったら、ぼくの孫にもなる。おかあさんが妊娠中にタバコを吸いつづけたことでからだに支障がでたら、その子がとても不憫だと思う」
「……(彼女はうつむいたままだ)」
それから数十分の沈黙ののち、彼女が口を開く。
「わたし、おろす」
「不安だろうからおかあさんに手術に立ち合ってもらおう。それに伴う交通費や宿泊費、手術代はうちでお支払いさせてもらう。ふたりが卒業後もつきあっていたら結婚したらどうだろう?」
「……」
次男がこちらへやってきて小声で礼を言う。
「きてくれてありがとう」
「彼女を大事にしてやってくれ」
次男の「あいがとう」は、「ピンチを救ってってくれてありがとう」だったのだろう。
ただしこの日を境にわたしと木田母との関係に大きな溝ができた。
木田母はわたしの強引な手法に対してあたまにきたのだろう。
北海道から帰ると、今度は次男の彼女の自宅へ向かう必要がある。
わたしが自宅で意気消沈していると、長女が「同行してあげるよ」と言ってくれた。
早朝5時に愛車ノアで家をでて、片道3時間かけて次男の彼女の実家へ着く。
チャイムをならすと父親がでてきたので頭をさげ、手術代と交通費等を手渡した。