126.「一緒にきてくれなくてとても心細かった」

  1. 朝飯前の朝飯

「一緒にきてくれなくてとても心細かった」

 いよいよ千葉県循環器病センターのガンマナイフ(放射線照射装置)で脳転移の腫瘍を撃退する日だ。

 朝6時、男性の看護士さんが妻の腕に点滴管をつけてくれる。


 妻が「枕が高いのがほしい」と言うので買おうと思ったが、看護師さんから「手動ハンドルで上半身が高くなりますよ」と言われる。

 点滴が20分ほどで終わると看護師さんもいなくなり妻とふたりだけになる。

 妻が「そっちへ行っていい?」と言うので簡易ベッドの上にふたりで並んで座る。


 めずらしく足をつけてくるので、わたしは彼女の膝に手をおく。

 しばらく沈黙があり、妻が涙をこぼしながら回顧しだす。

「(次男の)怖い顔が出てくる。階段から突き落とされたり……。(次男のことで)中学校や警察から呼び出しがあったとき、(あなたは)一緒にきてくれなくてとても心細かった」


「すまなかった。次男がコンビニでタバコを万引きしたときは電車を1本乗り過ごしたよな」


「そのときだけじゃない。ほかにもある」

「そうだな。ごめん。けど『親に苦労をかけた子は、あとでいちばん親孝行してくれる』と言うじゃないか?」

 三男に話題が変わった。

「あの子は楽しい。よくベイシアへ行って一緒にたい焼きを食べた」

「そうか、行って買ってくるよ」

 7時半、妻のひたいに痛み止めのシールが貼られる。

 8時、看護師さんにガンマ治療棟へ案内されたが、ちょっとしたホテルの一室のようだ。


 遅れる長女に「ガンマ治療棟へいる」とメールする。

 8時10分、妻の腕に点滴の管が入り、肩へ注射される。

 千葉大病院から駆けつけてくれた滝田八重医師と牛川巧看護師が妻に声をかける。

「大丈夫ですよ」

「がんばってください」

 8時半、フレーム装着室の中へ妻が入っていく。

「ギーッ、バタン」

 扉が閉じる。

 わたしは期待と不安のなか、廊下でかたずをのんで見守った。

(つづく)※リブログ、リツイート歓迎

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