「余命4か月」と宣告される
千葉大病院の皮膚科の窓口へ着く。
11時過ぎに教授の回診があり、4人の医師が付き添っていて、まるで山崎豊子著『白い巨塔』(新潮社)のようだ。
わたしが教授に話しかけた。
「妻の口の中へ黒いものがあります」
「口を開けて」
教授は口の中の突起物とレントゲン検査の結果を見て話す。
「他の診察後にまたきます」
それから約2時間後、妻は再びレントゲン室に消えた。
その間、克本晋一医師が私のそばへ来て念を押す。
「厳しい話になるかもしれない。12年前は家族にのみ話したようだが、いまは患者本人にも伝えるのが主流だ。いいですね!」
「はい」
その場で答えを求められ考える余地がない。
1時間ほど経ち、妻の名前が呼ばれ、部屋へ入ると、3人の医師が順に座る。
最初に克本医師が口火を切り、妻が答える。
「レントゲン検査の結果、肺に影が多い。いちばん大きいのは4、5センチある。血液検査の結果はほぼ正常だった。12年前はどう言われましたか?」
「悪い病気というのは夫から教えられた最近です。『十年経ってなにもなければ大丈夫』と言われていて、2年前(十年後)の検査で『肺に小さな影がある』、半年後の検診で『大きくなっていないので終わりです』と言われて安心していたのですが」
妻はそう答えて目を閉じた。
克本医師が妻に語る。
「12年前と違って最近は本人にも話すのが主流です。奥さんの余命ですが、われわれは4か月と診ています」
「えっ!」
これには妻もわたしも驚かされた。
きょうが2月19日だから6月19日にはもう妻はいないのか? わたしは「そんなはずはない、最初の手術のときだって、『ステージ4だ。5年以内に亡くなる確率が8割』と言われて12年たった。今回もそうだ!」と思ってこぶしを握りしめる。
他の医師も続いてそれぞれの所見を述べた。
「化学療法ダカルバジン(悪性黒色腫等のさまざまな悪性腫瘍に用いられる抗ガン剤)がいちばん効果的です。ただ、やってみないとわからない。分が悪い」(内川英也医師)
「何人かに治療したが効果が明らかでないのでブレーキがかかる。ただ、体への負担が少ない。1週間入院して3、4回、その1か月後に入院、というサイクルになります」(稲澤万里医師)
「有効率や延命のはっきりしたデータがありません。丸山ワクチンや免疫治療は古い。インターフェロン(抗ウイルス剤、抗ガン剤)は根拠がない。放射線治療や化学療法を勧めたい」(内川医師)
「化学治療によってやらなければいけない治療を放棄せざるを得ない場合がある。心配だから入院するというのはやめてほしい。ガンと闘うから入院するというのであれば受け入れる。入院の場合、あすなら16時から17時で月曜日なら夜だ」(克本医師)
「咳止めにはリン酸コデイン(鎮痛、鎮咳、下痢止め)がいいが、苦いのでヨーグルトやオレンジジュースに混ぜて飲む必要がある。弱い下痢の症状が出るが心配ない」(稲澤医師)
「胃がむかむかするので一緒に飲むといい」(内川医師)
妻のほうを見ると目から涙がこぼれている。
わたしは妻の肩にそっと手をやるのが精一杯だった。