60.「日本一のラーメン屋になる!」

  1. 朝飯前の朝飯

「日本一のラーメン屋になる!」

 次男はインターネットで中古バイクを見てバイク店へ電話すると、「17歳以上でないとダメ」と断られたので、妻がわたしに内緒で8万円補助して手続きしたらしい。

 わたしに相談すると「ダメだ!   なにを考えているんだ!」と言われるに決まっていて、また次男との板挟みで苦悩が深まることを予想したのだろう。

 当時の次男は、高校卒業よりもバイクのほうが大事だった。

 妻は当時、「きょうは次男もずっと家にいて、夕食も一緒に食べると思っていたら、また夫がバイクのことで怒った。次男はまた機嫌をそこねて『バイクを家に置かなきゃいいんだろう』とキレてでていった。まだ帰ってこない」と日記を書いている。

 翌日、妻と次男はハローワーク茂原へ行き、「高校中退はここでは扱えない。船橋のヤングハローワークがある」と教えてもらい、ヤングハローワーク船橋で市原高等技術専門校塗装科に興味ち、4月開校なのでそれまでアルバイトをすると話した。

 その日の夕方、次男がいよいよ高校へ退学届を提出した。

 それからは、糸が切れた凧のように、誰に遠慮することなくバイクをバリバリいわせて走らせた。

 この時期、家から現金が消えることが頻繁となり、次男を問いつめた。

「おかあさんの財布から1万円がなくなったが知らないか?」

「ガソリン代に消えた」

「あのなー、ひとの財布から黙ってお金をとるのは泥棒だぞ!」

「他人かよ?」

「家族でも財布は別だ。『ガソリン代がいるので貸してくれませんか?』といって尋ねるのがあたりまえだろう? それと家で食べたら食費も浮く。……。これからどうするつもりだ?」

「働くよ」

「なにして働く?」

「うるせえ!」

 妻が財布の置き場所を変えると、次男はツテを頼っていろいろ探したのだろう。

「中学校の先輩の女性に誘われた」と言って東金市内のラーメン店でアルバイトとして働くことになった。

 最初のうちは次男も緊張感があり、ものおじしない性格も手伝って生き返った。

「おれが勤めているラーメン店は最高だ。おとうさん、おかあさんも食べにきて!」

「よしっ、わかった!」

「おれ、日本一のラーメン屋になる!」

「そうか、よかったな!」

 次男の笑顔を見たのは何年ぶりかと思うほど久々に晴れやかだ。

 後日、わたしと妻と三男の3人でラーメン店に行くと次男が元気よく働いていた。

 われわれの接客をしてくれたのは次男の先輩女性だ。鼻筋が通ってキリッとした顔をしている。

「こんばんは。もしかしてあなたが……」

「わたし中倉由紀と言います。山ノ堀くん、一所懸命働いてくれていて助かっています」

「中倉さん、いいお店を紹介してくれてありがとう。息子はいまやる気になっていて、すべてあなたのおかげです」

「つっぱっているだけです。本当はいい子ですから」

「ありがとうね!」

 しかし、それから1、2か月たって、次男がいきり立って帰宅した。

「信じられねー。中倉先輩がやめさせられた。おれもいろいろいちゃもんつけられている」

「なんて言われたんだ?」

「くるのが遅いって」

「遅刻したのか?」

「たった15分じゃん」

「遅刻は遅刻だ。父の会社は、1分でも3回遅刻したら1日欠席だ。社会人はそれが当たり前だ」

「……(次男は黙る)」

 ここでほんとうは遅刻が15分だった次男に寄り添ってやるべきだったのかもしれないが、まじめなサラリーマンとしてはそれができなかった。

 結局、次男はラーメン店をクビになり、次の働き先を見つけようと奔走したが、どこも「高校卒業または高校生」の条件がエベレストのように高く立ちはだかった。

「くそーっ! 高校生や高校卒業資格がねえと人間じゃねーのかよー」

 次男はいっそう自暴自棄に陥った。

 それと次男が高校を退学したと聞くと中学時代の仲間が堰を切ったように一斉に中退し、バイクでツルむようになった。

 中には長男が落ちた進学校へ通っていた人間もいる。

 みんなで荒れていた中学時代に逆戻りだ。

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