10.ガン宣告

  1. 朝飯前の朝飯

ガン宣告

「『あさっての7月31日に夫婦揃って再来するように』と千葉大病院から連絡があった」と妻から会社へ電話があった。

   わたしは妻が不安に陥っているのではないかと心配しすぐにでも帰ってやりたいと思うが仕事が山積みで23時終電のタイムリミットが近づいた。

「今夜も残業で泊まってもいいか?」

「いいよ」

 その日は1時過ぎまで残業して、カプセルホテルで横になる。

 翌日は比較的早く、といっても22時半帰宅。

   妻が「何を食べる?」と尋ねるので、「ラーメンを作ってくれないか?」と言いながら会社へ電話をかけ、部下に電車内で校正した修正箇所と感想を伝える。ラーメンはのびのびだ。

「もう一度つくり直そうか?」

「麺が少し伸びているだけで野菜や卵が入っていて栄養満点、おいしいから大丈夫!」

 千葉大付属病院へ向かう日、11時30分に家を出て、途中の千葉市鎌取町(現・千葉市緑区鎌取町)のカレー屋でランチし、予約の13時30分の少し前に着く。

 皮膚科の築山玲子医師からは「帝王切開で子どもを出産させて、数日後に腫瘍の除去手術を行う必要がある。これから産婦人科で検診を受けてきてください」と言われる。

 妻は産婦人科で14時から検査を行う。その間、わたしは築山医師から先日の患部の検査結果を宣告される。

「奥さんは、残念ながら悪性黒色腫、メラノーマともいう皮膚癌です」

 その話にわたしは廃人のようにぼーっと耳を傾けた。少しして後頭部をガーンと殴られたような衝撃がはしった。

「ここ(皮膚科)か産婦人科の待合室で待っていてください」と言われても、すぐに動けない。ビデオのスロー再生のように診察室の扉を閉じると、皮膚科の待合室で15分ほど呆然とし、気を取り直して産婦人科の待合室へ移動。

 妻はまだ待合室へいて、わたしに「なにか言われた?」と問うが、ふたりで聞いた産婦人科での入院と帝王切開、皮膚科への転科と手術の話にとどめ、皮膚科の待合室へ戻る。

 16時半から、築山医師をコーディネーター役とした皮膚科医師3人、産婦人科医師1人、看護婦(現・看護師)1人の合同説明会に出る。

   今後の計画の説明を受け、8月2日入院、8月6日帝王切開、その後の皮膚科での手術を合意。

「赤児は出産後、他の病院へ転院させる」とのこと。わたしは気分転換を図り精いっぱい陽気に振る舞い、妻を勇気づけるしかなかった。

 築山医師からは「あすも来るように」と言われ、会社へ電話する。

   妻には「なにかおいしいものでも食べに行こうか?」と言いながらジャスコに寄って寿司を買って帰り、みなで食べた。

 寿司を妻はよく頬張ったが、わたしは食が進まない。「疲れたから」と言って1人前の半分をゴミ箱へ捨てた。

 妻は「あすも病院へ行かなければならない。入院の準備もする必要がある」と言い2階へ上がった。

   わたしは在宅のときはよくニュース番組にリモコンを合わせるが、その日はアトランタオリンピックの中継も見る気になれず、妻を追いかけ23時、一緒に床につく。

 わたしは吐き気をもよおしながらそれを抑え、妻の手をぎゅっと握りしめた。

   妻は目をつむっているが、その隙間から光るものを流しながら、わたしの手を軽く握り返してきた。

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