日本銀行退職後の田邉敏憲氏は、富士通総研経済研究所の主席研究員、東京大学大学院でMOT、京都大学大学院でエネルギー科学、埼玉大学大学院で経済と様々な分野で教鞭を執り、尚美学園大学で学長を務めてきた。現在は、新しい産業の創出、仕事づくりを目指して東奔西走の毎日。大型ドローン、液体ガラス、社風ログファンド等で日本経済、産業の成長性や成長力を引き出せるよう集大成していくと力強く語る。
■ゲスト
一般社団法人環境ロボティックス協会会長・尚美学園大学前学長 田邉敏憲 氏
■インタビュアー
旅するライター 山ノ堀正道
生き残りの衣食住と
普遍のインフラ投資
――田邉さんが日本銀行を退職されて間もなく、富士通総研経済研究所の主席研究員としてIT(情報技術)と金融を研究されていた頃にメガバンク誕生について話を伺って以来、約20年になります。まず田邉さんご自身がどんな時代を生きてきて、これからの日本はどうあるべきと概観されているかお話しください。
田邉 戦後の日本は、働き手が田舎にいて農業だけであれば所得収入が上がりませんでした。工業に特化したためどんどん人手不足になって田舎の多くの労働力を工業地帯で吸い上げ、カラーテレビ、クーラー、自動車(Car)の3Cが大きな産業へと成長し、輸出立国になりました。みんなの収入が上がると、いろいろなものを買うので内需が上がりました。どの国も所得の多い国民を増やして、どう産業づくりをしたらいいかと競争してきました。経済学的に見ても中間層を育てないと経済は発展しないという理論通りの結果になりました。敗戦国の日本とドイツが伸びたのは、アメリカが開戦時の反省を基にどんどん門戸を開いて輸入してくれたからです。ルイスの転換点です。それを見た韓国や台湾が同じやり方を踏襲した。中国は途中まで来たところで国家独占主義を表に出し、しかも技術を盗むとして、アメリカが中国との貿易に高関税をかけると言い出したわけです。
僕ら団塊の世代は世界史的に見てもとても恵まれた世代で、高度経済成長の恩恵に大いに浴することができましたが、今や改めて新しい成長モデルが必要です。追われる国だから日本は。永遠の課題は仕事を生み出す、産業を創出するということです。ベーシックインカムで飯を食わせてもらうだけで生き甲斐を感じるかといったらそうではない。人は仕事がないと精神的にまいってしまうので、みんなが喜んでできるような仕事をいかに増やすかが国家戦略の要諦です。移民を排除するところはなかなかいい仕事がなくて自分達の仕事を奪われるという心配があります。その点、日本はラッキーなことに人手不足だから少子高齢化を逆手にとる。AI(人工知能)やロボット時代に生き残っていけるのは、衣食住や物流、健康などインフラ産業です。日本の場合、人手不足をAIロボットでうまく補う産業を構想すれば引き続き飯を食っていける。日本の有利なところを活かして、産業を起こし、みんなが生き甲斐を感じるような仕事づくりをしていく必要があります。
――具体的に衣食住・物流・健康産業やインフラ整備とは?
田邉 私の年来のテーマはペンタゴン(五角形)、5つあります。1番目が大型ドローン、2番目が液体ガラス、3番目が社風ログファンド、4番目がマイナス電子、5番目が土壌微生物です。そのすべてが日本経済、産業の成長性や成長力を引き出せるよう集大成していくつもりです。
JUIDAトップから打診があり
大型ドローンの会社を起業
――まず最初の五角形の1番目、大型ドローンからお話しください。
田邉 日本の強みを生かすために大型ドローンをつくる会社、エアロディベロップジャパン株式会社(ADJ)を立ち上げて1年になります。みんなドローンのことは知っていて、リチウム電池で総重量25キログラム以下のより軽いところで写真を撮ったり目視内の範囲内で動いています。これからは離島・島嶼や過疎地、孤立した被災地や山岳地帯に必要な重たい物資を夜間でも、目視外まで運ぶようなドローンが必要になってきます。総重量が160キログラムで積載荷物も50キロ~60キログラム、1時間は優に飛ぶドローンをつくります。その時に日本の自動車産業のエンジン技術が役立つのです。二輪四輪のエンジンは、世界で日本、ドイツ、オーストリア、一部イギリスしかつくれません。
――アメリカは入っていないのですか?
田邉 航空機エンジンに関してはアメリカのGE、イギリスのロールスロイス、ドイツのプラットアンドホイットニーがあります。だけど自動車エンジンに関しては二輪四輪とも前述の4か国しかない。アメリカ、中国はつくれません。大型ドローンはプロペラが複数動いているので電気制御の電気飛行機です。発電機とくっ付けたハイブリットエンジンにする必要があります。エンジンそのものがないとハイブリットできないわけです。25キログラム以下のドローンで日本は2周遅れと言われていますが、大型ドローンになった場合、エンジンと発電機をくっ付けたら、一挙に世界のトップに踊り出られる。私は日本のオンリーワンの技術を使って、みんなが納得する産業づくりを行なっているわけです。
マツダのデミオという車がありますね。あれはロータリーエンジンで、発電機とくっ付けたハイブリットでなくEV車です。EV車はロータリーエンジンを発電機のために積んでいます。これを空飛ぶものに使うのが僕の発想です。マツダのロータリーエンジンデミオ、地上を走るのはいくら重くてもいいわけです。上空に上がるのは軽くて発電力が多くないといけない。そうなるとロータリーエンジンでは回転数が少ないのです。1分あたりの回転数(RPM)が7,000回転ぐらい。でも上空に上がるのは高回転でないとだめなので、高回転のガスタービンと発電機をくっ付ける必要が出てきます。そういう意味で僕はガスタービンと発電機を結びつけたドローンエンジンを開発しています。来年3月の国際ドローン展に世界の人が来る。そこへ出展します。世界初だからこれでまた勝てる、全部日本の国内でつくるつもりです。
今日本の自動車がEV車になったらエンジンのためのすり合わせのテクノロジーが必要なくなり、単なるアッセンブリー、最終的には組み立てだけですから、自動車産業の裾野は大変なことになると思います。この大型ドローンはハイブリットエンジンですからポスト自動車の主力は大型ドローンの分野だと思っていて、今まで日本の培ってきたエンジンが活きてくる。この大型産業ドローンをつくったら、いろんな適用分野があるのです。日本の中でロボット化は二次産業では進んでいます。一次産業、三次産業でのロボット化は?
――進んでいませんね。
田邉 入管法で外国人を強く求めたのは一次産業と三次のサービス産業ばかりです。今からAIロボット化である程度大きく生産性を上げる分野です。先ほどの大型ドローンは空飛ぶロボットでAI操作しているわけ。そうなったら少子高齢化の社会にあっても、こういったドローン空間はいろんなサービスが生まれてくるわけです。日本の少子高齢化とお互い組み立てができやすいのが大型ドローン産業サービス。ドローンを使ったサービス産業にイノベーションを起こしたい。そのためのオンリーワンの心臓部分を今つくっています。来年の3月には一気に世界的なトップランナーというわけです。
――田邉さんの大型ドローンがうまくいったら他の大手が参入してきませんか?
田邉 大手は、ある程度のマーケット規模にならないと絶対入ってきません。そのうち日本の企業が参入してきたら任せてもいい。今オンリーワンだから。日本が強みのエンジンがあるので、それに発電機を合わせて200ボルト発電をするとか、僕が両者をくっつける役をしているわけ。ハイブリッドエンジン開発に関していうと、知財戦略で考えていく。世界を席巻しているアメリカのGAFAという、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンといったデータ屋さんがいっぱいいるでしょ? 彼らはこの2、30年以内に創業している若い企業です。でも時価総額は世界のトップ10内に入っています。日本人はああいう類いは不得手だけど、エンジンとかものづくりにAIを繋ぐ。こういった複合的な心臓部分の産業モデルで僕はできたら特許も押さえて、ドローンを使ったサービス産業革命を起こしたい。日本初の大型産業ドローンサービスという会社ができ、GAFA以上のしっかりしたものづくりとAIサービス産業が一緒になったようなビジネスモデルの会社ができたら本望だと思います。
――規制などはどうやって?
田邉 いい質問だ。今のところ規制が白地です。技術が先にあって、規制が出てくる。そこのところは日本でも大型ドローンの安全性基準で今ルールづくりを行なっています。これは世界標準をも狙っています。そのとき大事なのはハイブリッドエンジンとして応えるだけのものが完成していないとルールもできません。その規制やルールづくりに取り組んでいるのが一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)です。日本のドローンスクール300校以上を指導しています。
――安全が非常に重要なテーマですね
田邉 そう安全性です。安全とはいろいろあって、機体の強度の安全、いざという時のパラシュートの開き方とかいろいろあります。その時、炭素繊維もエンジンも日本の優れたオンリーワンです。大型ドローン飛行の安全性ルールづくりは今世界的に進行中です。だから日本がトップを走ったことがない国際標準化を、大型ドローンで押さえられるかもしれない。そうなったら我々が世界のトップランナーです。ドローンといえば空だけでなく、海が無人艇、陸が無人自動車で地上ドローンと呼んでいます。介護施設などで働くロボットです。だからドローンは空、陸、海全部ある。日本は造船大国だし海は強いはずです。産業的には一次と三次産業空間が特にターゲットになる。日本の人口減少化社会はロボット・AIとの共存を図りやすい。その場合、ドローンは決定的に重要と思う。
――先日、大型ドローンの件で沖縄の八重山諸島へご一緒させていただきました。現地のニーズや成果を簡単にお話ください。
田邉 大型ドローンによる離島間物流や災害時の夜間飛行について西表島や小浜島、竹富島、黒島、波照間島、鳩間島等からなる竹富町は、適当な島間の距離で、しかも客船に乗せてくれない医療廃棄物運搬等のニーズがあることがわかりました。島嶼強靱化のためのグローバルドローン専門学校への期待もありました。
――田邉さんと大型ドローンとの縁は?
田邉 僕がドローンと出会ったのは、山ノ堀さんも2度応援に来てくれたあの庄原市長選挙を戦ったからです。選挙が終わった一昨年6月に市内の西城町にドローンを地上500メートルまで飛ばせる空間に行き、一般社団法人環境ロボティックス協会の会長を打診されたのが縁です。ずっとドローンに取り組んできたJUIDA副理事長の千田泰弘さんから「ハイブリッドエンジン開発などを産業としてまとめてくれる人がいない。田邉さんやってくれないか?」と打診され、昨年7月27日に会社を起こしました。
液体ガラスによる
日本の林業の再生
――2番目の液体ガラスについてお願いします。
田邉 ガラスというのはケイ素で、ケイ酸ナトリウムを水溶化したものです。液体ガラスは福島第一原発の放射線汚水の漏水もガードしています。この技術も世界オンリーワンです。何がオンリーワンかというと、有機質の最たるもので、日本の含水率の高い木や竹でも細胞の中にガラスを入れ込んで素晴らしい強度を持てる素材にしているからです。これを開発した株式会社ニッコー社長の塩田政利さんを僕は応援しています。
日本の森林比率は67%です。でも日本の材木は建材として非常に使い勝手が悪い。水分が多いからこれを強制乾燥という形でガーッと短期間に乾燥させると、木材の本来持っている良さが消えてポロポロになるのです。だから昔の日本の木材は法隆寺の五重の塔とか千年もちましたが、今の日本の木材は強制乾燥させているのでせいぜい35年の寿命です。それに対して北欧や北米の北洋材は寒いところで育ったゆえ含水率が低く固いから日本へ持ってきて加工する。だから今、木材輸入量だけで8,000億円ぐらいになっています。これを生木や生竹のまま80℃程度のお湯に浸けて、導管を毛穴のように開かせて、そこに少し冷たい液体ガラスに入れると、液体ガラスが導管の内側に入り込んで、ビシッと膜をつくる。液体に浸けるのでもともと水分が多くてもいいのです。でもこれガラスだから空気は通して息ができるが、水は通さないという優れものなのです。だから千年もつ日本の材木に変わります。特に針葉樹がいいので日本が戦後植林してきた杉が最適です。日本の杉は水分が多いので今まで強制乾燥して弱くなって相手にされなかった問題が一気に解決します。今まで輸入していた8,000億円の輸入がいらなくなって、むしろ輸出さえできるような代物になります。今日本の中で田んぼにどんどん価値がなくなり相続もしたくないと言う。山はもっと激しい。相続しても植林すると採算が取れないので今二束三文で売られています。だけど液体ガラスがあったら輸入材に取って代わってやっぱり日本の67%の国土が有効な資源として蘇ります。だからこれも日本の産業を抜本的に組み立て直せるということです。特に日本の都市部以外の里山は全部、田畑と山がリンクしていて半分以上が何十年以内に消滅すると言われているのですが、そこがこれを使えば森林資源を使って私は生き残れる仕組みになると思います。その決め手になるのがニッコーの液体ガラスです。
――液体ガラスの導入事例等は?
田邉 例えば東京都は「多摩産材の液体ガラス含浸との組合せ」に助成金可としました。多摩の森林業に従事している方々がこの液体ガラスを使うことによって多摩で生み出している木材の価値が飛躍的に上がります。その制度を使いトータルな液体ガラスによる日本の林業再生が私の役割です。この液体ガラスは公園のベンチ等の再生塗装にも納入されています。一番手っ取り早く見られるところは2020年春に開業予定の山手線の新駅、高輪ゲートウエイ駅です。この駅は木舎です。JR東日本が採用した理由は、木材で駅舎を建設すると落書きされて消えないのが、液体ガラスでコーティングされていると、ガラスだから全部消せて、いつまでもピカピカで新品のような状況でみんなの目に触れるからです。このハイブリット技術が日本を救うし、世界にアピールすると僕は思っています。
ついでに言うと今から日本が伸びる方向は、インバウンドの客に日本で、できるだけ金を落とさせることです。インバウンドとは観光の「観る・食べる・買う」の3つ目的で来日します。例えば今世界的に脱プラスティックの動きがあり特に欧米のインバウンドの人たちは環境意識が強いから、日本の葦や篠竹とか長い筒をドブ漬け体験させてガラスコーティングしたストローをマイストローとして売れるかなとも思っています。今までの焼き物に変わる新しい液体ガラス製の木工加工品とかストローです。これをつくって持って帰ってもらう。全国で地域起こしをしたいというところはたくさんありますが、地元の木や竹を使って、液体ガラスで木工製品や生活用品をつくっていけばいいのです。ドブ漬けするとなれば1日は滞在してもらわなければいけない。今は通過客が多い観光地でも、これを引きつけてステイさせるわけです。例えば石川県の山中塗や輪島塗などの漆塗りは中が劣化したりするので、これについてもインバウンド客に液体ガラスでドブ漬けさせて持って帰らせる。とにかく脱プラスティックでいろんなものができる。日本の山林で産業革命を起こせる液体ガラスの大きな可能性に期待しています。
AIが「グリット」を基に会社選び
投資信託の世界初の商品を開発中
――3番目の社風ログファンドとは?
田邉 私は日銀出身ですから金融の分野が専門です。投資信託の会社、キャピタルアセットマネジメント株式会社(杉本年史社長)へ1年前に取締役で入りました。今、「老後2000万円」問題で大騒ぎになっていますが、日本の国民としては貯蓄に殆ど利子がつかないし財産を守る方法がわからない状況にあります。NISA(少額投資非課税制度)という投資で得た利益が非課税になる制度がありますが、日本株について自信を持って提供できる商品がないというので私は、東証上場の3,000銘柄ぐらいの中で中長期的に見ても成長性が高い日本株の投資信託をつくっています。これからどの会社が伸びるのかというのは、社風が良くないとダメ。社風とはそこに帰属している人がここで働けることを心から喜んで自分の自己実現にもなっている割合が高いかどうかです。Innovative(創造的な)社風ともいえます。こうした会社をビッグデータとAIで100銘柄選び、これを投資信託の商品として国民に買ってもらえるよう、現在組み立て中です。長年お付き合いしてきた株式会社クレジット・プライシング・コーポレーション(CPC)鈴木洋壹社長が、今後伸びる企業探しの過程で、会社の「組織文化力」が極めて重要だと発見したのがきっかけです。日本の上場企業の中から100社を選んで、日本株の商品をつくっています。これは社風に関する口コミのビッグデータとAI(人工知能)を活用した世界初の商品で、日経新聞も取材してくれました。
――社風はどのように入手していくのですか?
田邉 「OpenWork」という国内最大級の社員の口コミ(=ログ<記録する意>)を有する、転職・就職のための情報プラットフォームがあります。転職先を一所懸命探す際にOpenWorkという会社に登録して1件あたり1,000円かかるところを、自分の今勤めている会社について500文字のアンケートに答えると、この1,000円がタダとなり3か月間サイトを閲覧することができる方式にしています。このアンケートからみんなが将来性を感じるいい企業、悪い企業に関する言葉を何人かの人間がまず読み取ります。それをビッグデータにしAIによってモデル化、スコア化します。Innovativeな社風の会社かどうかを10ランクに分けると、スコアの高い会社は2~3年先には必ずスコアの低い会社の株価よりもパフォーマンスがよくなることがわかりました。転職サイトで実際の企業の情報を得たいと思う人は増えているため、会社選びのビッグデータがどんどん蓄積されるわけです。実際に在籍中ないし在籍していた人が、その会社についてどう思っているかのデータは、上場企業で14万件ぐらいあります。一つの会社について、大体5~10のアンケートがあればAIで社風のいい会社か良くない会社かというのが見事に出てきます。それを投資信託に組み込もうとしたのは私が世界で初です。山ノ堀さんはいい会社をどう見ますか?
――例えば社員の働きがいや高報酬でしょうか?
田邉 働きがいだけでは選びません。給与は逆比例する場合があります。給与面が厳しくても社員が本当に自己実現する会社だと思うとそれがいいスコアになります。待遇面や女性比率が高いというレベルでもない。社員が成長するためのいい会社です。30年勤めても生きがいがあると思うのはいい会社です。なぜこれが有効かと私が思ったかというのは極めて重要な話です。ところで、企業の寿命は何年だと思いますか?
――よく言うのは30年ですが。
田邉 そうですね。30年すると経営環境が変わるからもっと短いかもしれない。その時にどんな環境になってもやり抜く会社とそうでない会社がある。どんな環境でも全社一丸となって突破力のあるところが成長を続け得る会社です。今アメリカで「グリット」という言葉がはやっています。「生き抜く力」や「やり抜く力」と訳します。グリットを持っている会社かどうかを、そこに帰属していた、あるいは帰属中の社員に500文字のアンケートで書いてもらいます。やり抜く力があるかどうかを10ランク分けし、上位ランクの上場株式を選択しファンド化したのが「社風ログファンド」です。これが日本でできると、アメリカでもできる。インドでもできる。このスコア化モデルを作ったのは前述のCPC社鈴木さんです。よくAIにより株式市場で値上がりする企業を選べるというけれども、そういう技術的なものではなくて、全社一丸でやり抜く力です。
――記述式で答えたのをAIでどう数値化するのですか?
田邉 どの言葉がどれだけのInnovativeな組織文化力を持つかという判断は日本語表現では難しいので、これをAIに載せるためにデータベース化するところがミソです。英語の方が簡単です。しかし日本語でも完成しています。これで企業を選んでいくと、大体2~3年先の株価成長率に反映されるようになっているわけです。この銘柄選びで、投資家のみなさんが満足できる、自分も買いたいというような投資信託を作つくたいと思っています。
日銀の経験で活きた
プライスで見ること
――4番目のマイナス電子とは?
田邉 現代のような電磁波社会になると、人体が絶えず酸化しやすい環境となり、この環境を中和するには、オゾンや大地のアーシング機能であるマイナス電子、エレクトローンが人体に必要になってきます。この点で有効な厚生労働省認定の「家庭用電子負荷装置」活用などによる健康産業づくりが4つ目です。特に、企業人の生産性向上に寄与すべく、企業の「健康経営」推進運動を展開できればと思っています。
――5つ目の土壌微生物については?
田邉 日本のもう1つ優れたものが土壌微生物の多様性です。これを健康に結びつけるため食についても取り組んでいます。
イノベーションには5つのタイプがあります。AI時代に日本の持っている優れた素材と技術を結びつけて、少子高齢化社会に相応しい、みんなが安心して暮らしていけるような産業づくりをイノベーションで起こしたい。シュンペーターの唱えたイノベーションは、プロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーション、マテリアル・イノベーション、マーケット・イノベーション、システムズ(組織的)・イノベーションの5つですね。この手法を使いながら日本の優れた材(自然材、人材)を組み合わせて、少子高齢化でもどんな地域にいても、しっかりと雇用の場、仕事の場があってみんなが安定した収入を得て、自己実現できるような産業の創出に向けて一歩でも前に進みたいと考えます。
――田邉さんは京大法学部出身ながら東大大学院で文系と理系を融合したようなMOTを担当されました。その考え方や思考はいつマスターされたのですか?
田邉 世の中には帰納思考と演繹思考があって、僕は演繹思考なのでよく発想が飛びます。どこで身につけたかと言えば、日銀長崎支店長の時に三菱重工長崎研究所次長(当時)の湯原哲夫さんたちと知り合ってより技術を深く理解したことで、東大で教えることができました。彼は技術の分野ではとんでもなく優れた人で、後に東大大学院工学系教授としても活躍しました。湯原さんはそうではないけれど、多くの技術分野ですごい人は専門分野に狭く深く入っていく傾向があって、それが社会にフィードバックされて産業になるための繋がりが切れている。一方で金融は早い時間軸でキャッシュアウトするという発想で両者は噛み合わない。でも私は大学も化学で受験して入っていて、科学技術の両輪の物理、化学のセンスは元々ある方です。ところで現在は、ホリスティックの時代ですよね?
――全体性や統合ですね。
田邉 そうです。日銀という職場が私にとって良かったのは、経済全体を見て、産業や経済のダイナミズムなどを学び、経験できたことです。各省庁や大企業のように縦割りに分かれていない。だから金融面から何年でこのビジネスがキャッシュアウトするかとか、種々の分野と技術がハイブリットにならないとどうしようもない社会が来ているとかがわかる。
今でもこうして多岐にわたる産業のことが理解できるのは、日銀での訓練や経験が大きいと思う。値段や破格、技術も全てプライスとの関係でみる。福島第一原発において初期動作で怯んだのは原発1基のプラント価格の大きさだったとの見方もあります。これは1キロワットアワーあたりの発電プラントコスト30万円×100万キロワット=3,000億円です。技術にしろ産業にしろ、全て価格での横並び評価ができます。あらゆる現象をプライスと時間軸でみる、このプライスだったら利益がいくら出て何年で減価償却できてとなる。その上で、各分野を横繋ぎして、システムする。私は価格メカニズムによる実践編を日銀で学んだということです。東大で教えたのはそういうことでした。
――原価管理ですね。
田邉 そう、そこが重要。日本人は元々「読み書きソロバン」で訓練ができているからそう難しくないと思います。のりしろがなくなったら無駄なことができないけれど、日本はまだそれがあるから大丈夫。液体ガラスも木材寿命長期化の効用と初期コスト等の関係で素晴らしい発明とみました。発明は予算があれば可能というわけではありません。限られた予算こそが、工夫し、価格を安くしたりして初めてブレイクするという面もあります。
生涯教育や職業訓練で
ブラッシュアップを図る
――田邉さんは日銀出身で大蔵省(現・財務省)にも出向された経験がおありですが、日本国の1,000兆円超の財政赤字、これ大丈夫でしょうか?
田邉 日本人が今まで積みあげてきた金融資産で国債を保有できる間は大丈夫だが、国債保有を外国人に大きく依存するようになればアウトです。今1,000兆円超の国債発行で、日本のネット金融資産(住宅ローンなどの負債を差し引き)残高が大体1,300兆円と言われています。年間大体50兆円ぐらい国債発行が増えているので300兆円÷50兆円=6年間ぐらいで、日本の金融資産残高を国債発行残高が上回る計算となる。今まだ日銀が4割、国民が5割以上で九十数%を日本の国内で持っている。しかし外国人投資家への依存度が高まると、国債の暴落とか想定外のことが起こる可能性がある。
――日銀は一般企業の株式も買っていますが。
田邉 それはいいとは思わない。なぜならば株式市場を歪める。本当にいい企業かどうかがわからなくなる。長期間持つとろくなことがない。中身が腐っても株価が安定し、ゾンビみたいになります。中小零細企業の場合、助けるという措置がありました。助けるのはいいけれども経済全体の強さを落とすわけですから。
――目立つ社長は株価が上がり、おとなしいライバル企業は一所懸命に汗をかいて追いかないといけないとか?
田邉 実はPBR(株価純資産倍率)という株価評価基準があります。これが1を下回ると企業の純資産に比べて株価が低いから解散した方がいいということを市場が発信する。では日本の大企業で1を超える企業があるか? 銀行、証券会社や自動車産業も1を下回っている。PBRは大事なのです。株価純資産倍率の1株当たり株価と純資産というのはせめて1対1でないと、この会社の企業価値はないという話です。多くの企業は新しいことに投資するだけの自信、気力がないから、他社のM&Aに積極的な先を除き、全部キャッシュに貯めています。キャッシュは自分の現金。それが史上最高水準に達しています。
――国の借金余力はあと6年と言われましたが、それを政治家なり国民が気づいてせめて単年度のプライマリーバランスをなぜ図ろうとしないのか?
田邉 消費税率の1%上昇で歳入が2.5兆円アップします。今回、税率が8%から10%になると5兆円が増収になる。ただし財務省主計局の配分は社会保障費あるいは国土強靭化といった既得権案件に流れがちです。だから社会保障と税の一体改革が極めて重要です。ではどんなところに充当したらいいかと言えば教育、しかも生涯教育や再職業訓練です。今の社会に適合しなくなった人材でももう一度ブラッシュアップするための機会を与える。50歳である程度、従来の仕事がなくなった時でも次にチャレンジができるだけのトレーニングを積めるシステムです。もう一つは、新規事業に繫がるストレスのかかる大企業研究機関などの鬱症状の人達の割合は1割程度との報告もありますが、日本全体で適材適所となるよう人材の流動化も重要と考えます。生涯にわたり機会平等と感じるような教育をうまく組み込むことだと思う。それがうまくいっているのは北欧です。人口が1,000万人以下と少ないから高福祉高負担がうまくかみ合っているとも言われていて、1億人を超える日本でできるか新しいトライです。また6世帯に1世帯では、子供達が貧しくてご飯も満足に食べられないと言われます。そんな子供達の基礎的なインフラは社会保障で手当てをするべきだと思う。それで社会保障費が膨らむかもしれませんが、そこのところをしっかりすればおそらく消費税をアップしてもみんな納得すると思う。
日本のマイナンバー制度もようやく定着しつつあります。アメリカのソーシャルセキュリティーナンバーはそれぞれの人の収支が全部登録される制度です。「ソーシャルセキュリティー番号の前にはプライバシー保護なし」というのがアメリカ社会です。日本のような長い歴史をもつ社会では「税金への対応は圧政に対する抵抗権」の面もありました。日本でも個人情報の扱いを含め、個人と政府とのフェアな関係構築が急がれます。日本の場合、「増税で海外に逃げる人をどうするのだ?」という議論もよく出ますが、『人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」:第三次AIブームの到達点と限界』(東京大学出版会)著者の新井紀子さんがテレビで「富裕層が逃げていくのじゃないかと言われているけど、私はそういう人は逃げていってもいいと思います」とバンと言い放った姿に共感しました。やはりGDP(国内総生産)を押し上げるためには個々人のそれこそ全員グリット、生き抜く力を備えるために教育訓練しかないと思います。
政策マンの役割はタフな作戦を立て
政策決定メカニズムに潜り込ませる
――その生き抜く力は学校とかで培っていけばコストがかからないと思うのですが。
田邉 確かに大学など高等教育現場で教えている先生達にはある程度守られているので生き抜く力が弱い人が多いように思う。だから民間で生き抜く力で頑張ってきた人達を、まだ可塑性の高い初等教育の現場に迎えるのは賛成です。一番大事なのは安倍総理の言うアベノミクス3本の矢の最後の「成長戦略」です。将来の世代はいつでもいろんな仕事にチャレンジできるようにする。複数の仕事が持てるような社会がいいことになる。フィンランドは人口が少ないけど何足ものわらじを履いている。それだとあるところがダメになっても他にいくらでも仕事がある。何足ものわらじをみんなが履け、選択できるようにするのが望ましい。人手不足だから日本でも可能だ。
山ノ堀さんは前職の時代からよく原稿を依頼・編集してくれました。過去の歴史の話と違って産業に繋げようとするテーマは記事にするのが難しいかもしれない。産業とは人々の仕事をどう創出するかが一番大事なわけです。どの仕事が向いているのかはみんなが選べばいいのだけど、私は世界の流れとか環境の変化、資源やテクノロジーの進化の度合いを踏まえて日本にふさわしい新しい産業をずっと考えてきました。
――今の自民党は衰退産業に投資し過ぎていませんか?
田邉 自民党に限らず民主党政権もそうだった。そういう意味では本質的なことがわかる政治家も官僚も少なくなったのだと思う。民主主義の欠点とも言える、有権者のニーズに合った御用聞き政治になっている。そうであれば新しい仕事が何かといった合意を得るのはよほど難しいと思う。もし本当の戦略家であれば、従来の御用聞きの政策決定メカニズムに潜り込ませるタフな作戦を立てられるか、それがこれからの政策マンの役割だと思う。だから一官庁では難しいから横串屋がいる。
――だからいっぱい仕掛けをされているのですね?
田邉 僕の仕事の相手には液体ガラスだけや金融だけの人がいる。みんなに好みがあるから。あるいは二つを兼ねてもらって仕事が成り立つような形をつくっている。僕は産業として可能性のある分野で自分がいろいろ動かないとできない部分を担っているつもり。何足ものわらじを履ければ人間は落ち込まないし自殺もしない。
AI社会では知識がいくらでも手に入る。今からは好きなことを行なうのが一番いい。そうはいっても不得意なところを克服しておかないと自信がつかない。人間はある部分自信がないと生きていけない。一番いいのは人から言われるのではなくて自分で克服することが生きる力になる。吉藤オリィ氏というロボットを創っている31歳の男性が『サイボーグ時代』(きずな出版)を書いている。彼もコミュニケーションなどの弱点を克服し開発に取り組んでいて素晴らしいと思った。本の中にも「お金を払ってでもやりたい仕事を創れ。それがドラクエだ」「できないことを武器に変えろ」と書いてあった。
僕は山間部の高校生だったから英語はラジオ講座「百万人の英会話」で勉強しただけで塾にも行っていない。だから英語はうまくないけれど、日銀へ就職してNY駐在員になったとき、「田邉はなぜか英語の強制通用力がある」と先輩方から言われた。自らの意図を伝えようと思ったら手振り身振りで通じるのです。アメリカ銀行業界主催の「アメリカアジアバンカーズアソシエーション研修会」に1か月参加した際、級長に選ばれた。うまい会話よりもコミュニケーション能力や巻き込む力があったからだと思う。大事なことは英語でも日本語でもしっかり主張する力があるかどうかと思う。あとは単語を身につければいい。手を変え品を変えれば相手に通用する。教育は教えるのではない。自分で学ばなければいけない。僕は「社風ログファンド」という名の日本株ファンドを立ち上げようとしていると話しましたが、企業も創造的な社風に満ちているかそうでないかで将来の成長力は全く大きく違う。人も企業もつくづく同じだと思う。
緒方四十郎氏の手紙を胸に
イノベーションを起こす
――ペンタゴンの勝算はどうですか?
田邉 大型ドローンにしても液体ガラスにしても、環境激変のもとでの産業づくりの第一線に立っている自負心がある。自分の掲げるイノベーションテーマには5つあって、少なくとも3つ4つは成り立つと考えている。どの程度のインパクト、マグニチュードの産業までに組み立てられるかと問われたら、神のみぞ知るとしか言えない。が、今後の産業政策が漂流している中にあって、自分自身、これらテーマでの新産業づくりに着手した意義はあると確信している。
――農業や未病の産業化も探っておられたかと。
田邉 なぜこの分野をターゲットにするのかというと、物質的には水溶性珪素が根底にある。だから化学に関係している。それだけじゃなく”小宇宙“たる人体の健康には、太陽光のテラヘルツ波あるいはマイナス電子等が影響していることが分かってきている。なぜ専門外のことを田邉はいろいろやるのかとよく疑問に思われるが、自分の頭の中では繋がっている。結局、最後は自分の頭で考えて応用しないといけない。
私は日本銀行を48歳で退職して産業づくりを中心に研究し、実践してきましたが、追求しているテーマとしては未病もあります。実は、私が平成18年(2006年)の日経新聞「経済教室」に「統合医療はIT戦略の一環としてやるべき」と書いた文章を見て、「経絡診断治療法」を開発された十河孝博先生から連絡をいただきました。これが私が未病医療と接点をもつきっかけとなりました。十河先生は亡くなりましたが、幸い、娘で内科医の直美先生が神保町十河医院を開業し、「経絡診断治療法」を継承・進化されています。国家財政破綻リスクともなる国民医療皆保険制度の持続可能性に資すると考えるこの「経絡診断治療法」の普及に産業的な視点で貢献できればと考えています。彼女は1日二十数人を診ているので脳が疲れるそうですが、米ぬかによる脳活性効果に着目した新たな治療法を発見しました。その材料は米ぬかです。食料としての米ニーズは減少傾向ですが、米ぬかの脳活性化効果が日本の医療財政を救うことになれば、水田による新産業づくりも見えてきます。横串屋ゆえにできる発想で今後も研究、実践に取り組みたいと思います。
――田邉さんを横串屋として育てたのは日銀ですか?
田邉 日銀に入って本当に良かった思うことは、満州生まれの大人(たいじん)で「平成の鬼平」とも呼ばれた三重野康さん(第26代総裁)、大政治家の子息で、日本を代表する国際人・緒方貞子さんのパートナー緒方四十郎さん(元理事)、「江戸っ子ハイカラ狸」と呼ばれた前川春雄さん(第24代総裁)といった錚々たる先輩方々の謦咳に接することができたことです。私は日銀を48歳で退職し新しいチャレンジをしましたが、緒方さんから富士通総研に就職が決まった際、「田邉君、『徳は孤ならず』だよ」という論語の言葉を引用した手紙をいただきました。今日まで座右の銘にしています。私は謦咳に接した諸先輩の眼鏡にかなうような仕事をして死にたいと願っています。その前に世界が誇る日本の優れた素材、技術、人材を結びつけた新産業の実現に向けて日々努力していきたいと思います。
プロフィール
田邉敏憲(たなべ・としのり)氏
昭和24年(1947年)広島県生まれ。京都大学法学部卒。48年(1973年)日本銀行入行後、大蔵省官房調査企画課出向、ニューヨーク駐在員、考査局、調査統計局、発券局総務課長、長崎支店長などを歴任し、平成9年(1997年)日本銀行を退職。平成10年(1998年)㈱富士通総研入社、同経済研究所主席研究員。平成12年(2000年)埼玉大学大学院経済研究科客員教授。平成16年(2004年)東京大学大学院非常勤講師(MOT担当)。平成17年(2005年)京都大学大学院エネルギー科学研究科客員教授。平成26年(2014年)尚美学園大学学長。平成29年(2017年)一般社団法人環境ロボティックス協会会長。著書に『アメリカの金融機関経営』(東洋経済新報社)、『アジア効果で活気づく長崎』(編著、東洋経済新報社)、『新資源大国を創る』(編著、時事通信社)、『大逆転!日本金融』(中央公論新社)等がある。