50.「長いトンネルのむこうに行くよ」

  1. 朝飯前の朝飯

「長いトンネルのむこうに行くよ」

 長男がイジメの問題を起こして数か月後、妻にはとても悲しい出来事が起こった。

 妻は1月3日のことを次のように日記に書いている。

                    ◇          ◇          ◇


   母が毎日6人分の洗濯を全部してくれた。

   食事もいつもおいしいものをつくってくれた。

   上げ膳、据え膳でわたしは楽をした。

   母はとても疲れているのにわたしは甘えてばかりいた。

   長女が高校受験の勉強で遅くまで起きていて、母はなかなか眠れず睡眠不足だったのを、わたしがわかってあげればよかった。

 昼食後、両親と一緒に天満屋ハピータウンへ買い物に行く。

   母は『ここには4月からきていない。12万円の皮革コートを買ったからね。きょうは11月の伯母の一回忌に持っていく少し大きめのバックが欲しい』と言った。

 お店のひとが『カードのポイントが5倍のあす取りに来てくれたらいいよ』、母が『あした(わたしたちを)見送ってから取りにくる』という言葉を交わした。

 夕飯は刺身と鶏、イカのから揚げ、エビフライ。

   母の料理は最高においしかった!!

 父は『ちょっと風邪気味で熱がある』と言って早く寝た。

   横浜の叔母が載っている雑誌を見てから、母が夫、長女、わたしに話をしてくれた。

 おじいちゃんのグランドゴルフのクラブのちょうど球が当たるところへ小泉総理のシールをいっぱい貼ってあり、『そこに貼ったら球が総理の顔に当たるけえ、いけんが~』と言って剥がした。

 わたしが子どものころ習字をならっていて、白い服に墨をいっぱいつけられたから、相手にも同じだけ付け返した。

 千葉へ行ったとき、次男が『となりのトトロ』の話をいっぱい教えてくれたし、優しい子。

 その後、わたしが話をしていた途中で母がうとうと眠ったときがある。

『睡眠剤1粒半を飲んだ。旅行でなかなか眠れないので病院で《眠れないより、薬を飲んでよく眠るほうが身体にいい》と処方してもらった残りだ』と何回も同じことを言った。

 仏間のタンスの中から中国で買ったシルクのパジャマを3セット出して、『クマの模様はかわいいので長女に、チャイナ服のような襟のパジャマはおじいちゃんに、紺色で素敵な模様のパジャマは自分用』と言った。

 夜中2時に、母がお風呂からなかなかでてこないので様子を見に行くと湯船の中でうつぶせに倒れていた。

 急いで引きあげようとしたけど重たくて無理で、長女に寝たばかりの夫を呼んでもらい、わたしは父を急いで起こして、119番へ電話した。

『近くの救急車は出払っていて20分くらいかかる』と言われ、『どうしたらいいのか?』と尋ねた。

『布団の上に寝かせて心臓マッサージをしていてくれ』と言われ、父と夫が交互に行なった。

 母から返事は全くない。兄に電話をする。長女は外で救急車を待ってくれる。

 2、30分後に救急車がきた。

 父は救急車へ乗って、兄とわたしは兄の車で国立病院まで行く。

 無事を願ったが、母は帰らぬ人となってしまった。

 父はお医者さんに『もう手の施しようがない』と言われても生き返ってほしいとの思いで一生懸命心臓マッサージをしていた。

   もう悲しくて涙が止まらない。

 父は母の名前を呼びながら号泣している。わたしは何度も何度も母の顔を撫でる。

『目を開けてよ』という思いでいっぱいだ。

 警察の方が『死因が特定できない』と言われ、自宅のお風呂の写真を撮影。

   夫が応対してくれた。

 看護婦さんが母の体を拭き、中国で買ったシルクのパジャマを着せてくれる

                    ◇          ◇          ◇

 わたしは初めて妻の実家へ泊まったとき、旧友と居酒屋で飲み深夜2時に玄関の格子戸を開けて、「何時だと思っているの?」とひどく叱られて以降、義母を苦手にしてきた。

 ところが、亡くなったその日に限って、わたしのことを「いいひとだった!」「いいひとだった!」と過去形で何度も褒めるので、どうしたのかと思って寝た直後に風呂で溺死した。

 1月9日に妻は読み聞かせボランティアで、小学1年生に向けてスーザン・バーレイ著『わすれられないおくりもの』(評論社)を読んだ。

「いつもみんなから頼りにされ慕われていたアナグマが、自分の死を悟り『長いトンネルのむこうに行くよ、さようなら アナグマより』という手紙を残して亡くなった。残された仲間たちは悲しみでいっぱいで、どうしていいかわからない状態だが、そのうち互いに優しいアナグマの思い出を語り合うようになった」という話で義母との重なりを感じたらしい。

 義母がかわいがった長女は、小学校の金管部で関東大会へ出場、児童会で役員をつとめ、中学校でも3年間学級委員に選ばれるなど常に光が当たる場所にいて、志望校の千葉県立高校にも推薦入試で合格した。

 長女はしっかり者の義母に守られているのかもしれない。

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