妻の一時退院
抗がん剤治療前の小休止で、田川一真医師が妻に外泊許可を出してくれたので、11時に弟たちと一緒に迎えに行く。
6人部屋だが、すでにお盆休みで入院したばかりの高校生と妻のみ。整然とした部屋をあとにして、エレベーターを降りようとすると、妻が「きょう横澤英子さんが退院するので、一声かけて行きたい」と言い、みんなぞろぞろと産婦人科の病室までついて行く。
横澤さん一家が退院の準備をしていて「あらー」などといった会話。と言っても、毎日のように会っているのにこんな調子だ。わたしは旦那さんに「来夏は家族で遊びに来てくださいよ。海水浴場まで車で15分ですから」と言う。
妻は「出産したばかりの藤原芳美さんやこれからの山田貴子さんを訪ねる」と言う。その間、わたしは看護婦の元吉奈津子さんを呼んでもらい、妻が転移していなかったことを告げると、元吉さんはわがことのように喜んでくれた。
妻の足取りは軽い。ルンルン気分だ。
国道16号線沿いの洋風レストランで食事後、海浜病院へ15時着。2日ほど訪問できなかったあいだにNICUから未熟児室へ移動している。きょうは妻が初めて顔を見せたこともあるが、看護婦さんが「おかあさん初めてね。抱いてみる?」と言ってくれたので、最初に妻が抱く。
妻はうれしそうに「次男に似ている。長女にも……」と言ってあやす。三男は時折にこにこと笑顔をふるまう。
看護婦さんが「窓越しならおにいちゃんに見せてもいいですよ」と言ってくれたので未熟児室を出るが次男がいない。義妹に尋ねると、弟が「トイレに連れて行った」という。
ふたりが戻ってきて、次男に感想を求めると「毛がない、ハゲ!」とのこと。可哀相に、これでも32週の未熟児にしては髪が多いほうだぞと思いながら、次男に視線を送る。
看護婦さんから「そろそろご主人に体拭きを慣れてもらう必要があるので、あすは13時前に来てほしい」とのこと。わたしは「努力します」と言って三男を戻す。佐久間瞬医師の顔があるが、他の乳児の父母と話されているので目礼して辞す。
自宅には高速道路を走らなかったため、鎌取あたりで混み合い停滞するが、誉田を抜けるとスイスイと進む。途中あすみが丘のシューベルトに寄りショートケーキを6個購入。
自宅には16時着。妻は2階のベッドで3時間ほど体をしずめる。19時に東金のリトルチャイナゆたかへ予約の電話を入れ、19時半に入店。
弟夫婦がきて、妻の病気のこともあるので初予約したが、店外で10人強が順番待ちをしているので大正解だった。マスターの勧めで牛肉チャーハンや台湾ラーメン、焼ビーフン、餃子などをオーダー。
自宅には21時に戻り、妻が実家へ電話を入れる。向こうの電話口は長女だ。お互いに涙しているだろうことは、妻の泣き声でわかる。いったん電話を切り、妻がシャワーを浴びていると、今度は義母からの電話だ。
「長女が『もう一度ママの声を聴いて寝たい』と言っている」
以前妻が「総社のおばあちゃんは長男と次男にきついのに、長女にだけ甘すぎる」とこぼしていたのを思い出して苦言を呈す。
「妻はシャワーを浴びています。もう遅いので、あすまた電話すると伝えてください」
「あの子は一生懸命寂しさに耐えているのだから、あす必ずかけさせてね」
長女と長男には「この夏休み期間中、朝6時30分からのラジオ体操をせよ」と伝えている。長男は毎日のように頑張っているが、長女はなんだかんだ理由をつけて寝ないので、決まって朝が起きられないようだ。
義母には「長女を21時までに寝させる習慣をつけて、ラジオ体操をさせてください」と懇願する。義母からすれば「おばあちゃん一緒にお風呂に入ろう」「一緒に寝よう」「ご飯おいしかったよ」「肩をもんであげよう」と寄ってくる長女が可愛いと感じるのは無理からぬことか?
あさ新聞に目を通していると、義妹が起きてきて、朝食の支度と洗濯に取りかかってくれる。食卓に料理が並ぶころ、妻が起きてきて「病院の食事よりも断然おいしい」と義妹の労をねぎらう。
その後、妻しかありかがわからない自動車保険の満期のお知らせ(葉書)や保険証券などをすぐに見つけ出してくれる。
12時すぎに自宅を出て、12時50分にインド料理店へ到着しランチを注文。以前、妻を連れて千葉大病院へ行く途中に開拓したところで、弟も義妹も「おいしい、おいしい。特にナンがおいしい」と言い、支払いまでしてくれる。
海浜病院へ着くと、妻はきょうも三男を抱く。何度も名前を呼びかけるものの、なかなかこちらを向いてくれない。しかし、抱っこされると機嫌がよさそうだ。
15時帰院予定が50分ほど延びて病室へ入る。妻と待合室で小一時間話し込み、「頑張れよ!」と声をかけて別れる。
帰路、刺身の盛り合わせや、カニを買い込み自宅に戻ると、義妹に料理をお願いする。次男は食欲旺盛で、蟹身をとり出して、むしゃむしゃと口に頬張る。