「成功体験を積み重ねているから吸収力が高い」
前日、インターネットで江戸川中央リトルシニアの場所を確認しカーナビに登録していたので安心して家をでる。
あと十分程度で着くというところで三男が腹痛を訴える。
この先、トイレは江戸川河川敷になさそうなのでコンビニを探して引き返す。
財布の中身が心もとないのでコンビニATMで現金を降ろす。
時間のロスがあったものの8時までに着くだろうと見込むが、目的地へ着いても駐車場がない、野球のはずがソフトボールをしていたりで頭が混乱する。
聞けば江戸川中央リトルシニアのグラウンドは北総線の南側ということで、車で引き返して土手下の駐車場を見つける。
「ここに車を停めて歩いて行きなさい」と言われて1キロ近く歩く。
前日の雨で芝がぬかるんでいるところで、三男が話しかけてくる。
「終わった。初日からこれじゃ終わりじゃん」
「本当に終わりか? 体験なんだし平気だ。それより走れ!」
「スパイクにも水が入って終わりじゃん」
「じゃ雨でコールドゲームの前にひとりだけ『スパイクに水が溜まって終わりじゃん』て言うのか?」
わたしはテンションがあがらない三男の前を必死で走る。
グラウンドのそばで背番号50をつけた、いかにも野球体型のコーチらしきひとが歩いている。
胸の刺繍に「CHUO」とある。
「すみません。体験生ですが、近くで迷って遅刻しました」
「いいですよ」
グラウンドへ着くと、三男が「山田がいる」のひとこと。
三塁側のベンチにはたしかにアメリカ以来の山田父の顔があり声をかけられる。
「どうしたんですか?」
「東京へ転居するのでこちらのチームへきてみたんだけど、山田さんは?」
「千葉のチームでは物足りないし、強いところでがんばらせたほうが結果がでるのが早いかと思いまして」
「息子が『山田くんがいると心強い』と言っています。わたしも知った人がいると安心ですよ」
ハキハキした事務局の女性から次のように言われる。
「父兄はグラウンドとこのコーチテントへ入らないでください!」
この女性は、わたしの質問に明快に答えてくれた。
「うちは妻がガンで亡くなったのですが、お茶くみとかはどうなりますか?」
「一家でひとりだしてください。おとうさんでもかまいません」
その後、背番号50のコーチからコーチテントへ呼ばれ、名刺を渡される。
住所が「箱根町」とあり、毎週ずいぶん遠くから通っているのだと思う。
「このチームは創部8年目ですが、いまの3年生の代にリトルシニアの全国制覇とジャイアンツカップ(中学硬式野球の甲子園)第3位を果たしました。監督は『中学1年生のときは人の話が聴ける、中学2年生では人の前で自分の考えを述べることができる、中学3年生ではお世話になったことをチームに還元する』をモットーとしていて、技術面だけでなく、心のトレーニングも行なっています。そのために雨の日は、近くの施設を借りて、ミーティングや学校の勉強もやります。練習時間は8時からですが、中1は7時15分までにきます。このグラウンドまで荷物の搬入に時間がかかるからです。しかし、そういった準備に力を入れることも子どもの成長につながります。昼の弁当は2合つめて、家でも朝1合、夜3合、1日計6合食べさせてください」
これから決勝戦というのに30分も時間をとってくれたことになる。
コーチを見送ったあとは久々にグラウンドを眺めるだけのときを過ごす。
午後、同級生の父兄の話を聴く。
「子どもがライバル関係です。親にはこちらから声をかけないとぎくしゃくします。うちはチームが例年よりも少し強かったので背伸びをして入部させましたが……」
コーチが試合から帰ってきて、守備・走塁の練習を行ない、三男は打撃の特訓を受ける。
そのうち体験の子どもたちだけ解散となり、三男について助言される。
「指導した事項をちゃんと聞いて修正する非凡なところがあります。千葉リトルリーグで成功体験を積み重ねているから吸収力が高い。その点、どんなに個人的な実力があってもチームが勝ったことがない子はすぐに直せないものです」
「9月19日以降の土日はリトルリーグの映画撮影に協力のため、10月からお願いします」
「お子さんもやりたい意向のようですから、こられるときにきてください」
太陽はすっかり暮れている。江戸川中央シニアの選手たちは暗いなかをまだ、黒土にまみれた白球を追いかけている。
一礼をして、山田氏とともに駐車場へ急ぐ。
千葉の家にいる長男へ連絡すると、「一緒に食事する」と言うので真っすぐ帰宅し、坂東太郎へ行く。
長男は「千葉リトルリーグの平山グラウンドの撤去作業を手伝う」と言っていた。
わたしは、寝坊してできなかった長男の有言不実行をとがめようと思ったが、自分で気づいて改善しないとどうしようもないので触れるのをやめた。
帰宅し、三男が2階へあがったあと、大学2年生の長男が東京の家、三男の野球について尋ねてきた。
わたしが真摯に答え話すことで長男も次第に軟化し理解を得たらしい。