162.渡米で降格を申しでる

  1. 朝飯前の朝飯

渡米で降格を申しでる

 母親の手料理をちゃんと食べないと機嫌が悪くなると思い、食卓によそわれた料理をすべて口に入れた。

 いつもの7時2分発の快速グリーン車に乗る。

 会社に着き、上司の岩野清志専務(当時)へ優勝の報告をすると、「奥さんにかわってアメリカへ行ってこいよ。朝礼でも報告するように」と言われる。

 朝礼で報告すると、本間四朗課長から話しかけられる。

「息子さんのチーム、すごいですね。ぼくも市川リトルリーグでした。そのころは市川も強かったんですよ」

「息子たちがいちばん苦戦したのは市川リトルリーグ戦だった。いまももちろん強いよ」

 昼は菊田茂雄次長と都議選の結果、衆院選の予想について意見交換した。

 一夜明けて、会社へ8時20分に着く。

 ひと通りメールチェックして、給湯室へ行くと、岩野専務から「あとで話がある」と言われミーティングルームへ行く。

「手空きの時間をつくるな。校正の手伝いをしてくれないか?」

「ちょっと待ってください。一日中、作業をしているので手空きになることはほぼありません。以前、新市岳くんからK誌の校正を頼まれたときは通勤電車の中でやっていたぐらいです。毎日というわけにはいきませんが、スポットなら出してください」

「そうか?」

「わがままを言ってK誌の現場責任者と部下を外してもらい、新設の部署ができました。その達成率が75%程度で会社の足を引っ張っている状況です。妻の入院・介護で休み、今度は息子の野球で渡米するとなると責任を全うできません。部長から次長へ降格していただいて結構です」                   

「人事のことはこの場で結論を出せないので後日検討する」

 つい頭にきて啖呵を切ってしまった。

 以前、加藤佳寿夫専務(当時)は「きみの会社での貢献は著しい。奥さんの看病をしながら1か月でも2か月でも自宅ではたらけばいい」と言ってくださった。

 加藤専務は、つねに社員の末端までがハッピーであるようマネジメントし、役員人事でも幹部社員にヒアリングしながら現場が円滑に動くようオーソライズされていたことを思いだす。

「ぼくの後任に古村くんと岩野くんのどちらがいいと思う?」

「この会社はいま出版社になったので編集について一日の長がある岩野部長(スペシャリスト)のほうがよろしいのではないでしょうか? 昔、加藤専務がこの会社へ一緒に連れてこられた田中さんのようにゼネラリストではありませんが……」

「彼は狭量だ。直属の部下はほとんどやめてしまっていない」

「いまうちの会社には、加藤専務のように全体を掌握できるかたはいません。しかし加藤専務は『役職がひとをつくる』とよくおっしゃっているじゃないですか?    岩野部長だって集団指導体制で、部下に任せることをされれば大丈夫だと思います」

「きみの考えはよくわかった」

 オープンマインドの加藤専務の時代が懐かしい。

 現状の硬直した社内において自らの出世欲や帰属意識がじわりじわりと失せていく。

 それでも顧客への貢献意識だけはいささかも減退していない。

 翌日の出張準備と顧客対応で終電となる。

 錦糸町駅のベンチに腰掛け市ヶ谷駅のキヨスクで買ったパンをかじりながら「よし、アメリカへ行こう!」、降格覚悟でアメリカ行きを決めた。

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