140.「おかあさん行っちゃう! あの世で相手にしてくれないよ!」

  1. 朝飯前の朝飯

「おかあさん行っちゃう! あの世で相手にしてくれないよ!」

 朝8時半、きのうは日曜で連絡できなかったわたしの勤務先、三男の中学校、次男の高校、フォーラム共同主催者の大里綜合管理へ「妻が身まかりました」と連絡する。

 その直後にアスカ葬祭から湯灌の儀のため男女ふたりがきてくれる。

「これからおくさまのおからだをきれいにさせていただきます。しばし入室を控えてください」

 わたしは妻が高校のとき演劇部で演じた「鶴の恩返し」のおつうのようだと思う。

 16時にアスカ葬祭の木林健伍さんが黒塗りの高級車で迎えにきてくれた。

 妻が乗り込んでもパソコンに向かっていたら長女がわたしに声をかける。

「おかあさん、行っちゃうよ! いまこなきゃ、あの世でおかあさん、相手にしてくれないよ!」

「わかっとる! これを仕上げてすぐに行く!」

 通夜の会場入りを遅らせても優先した「手記」は未校正ながら脱稿。

 いざでかけようと思ってクローゼットで礼服を探すが、以前コナカとアオキで各十万円の散財をして購入したのに上着がありながらズボンがない。

 もう1着はクリーニングへ出して受けとりに行っていないのかもしれない。

 ついいつもの調子で「おい、礼服のズボンは?」と妻に声をかけたが返事がない。

「あー、妻はいなくなったんだ!」とあらためて気づく。

 木林さんに電話でズボンを確認すると、「レンタルは間に合わない」と言われ、上は冬服・下は夏服の不ぞろいで臨むことに決める。

 アスカへ着くと弟が大阪からかけつけてくれていて、「昨晩は警察に行ったりして帰宅が23時30分だった」といわれ労をねぎらう。

 祭壇の生花の順番を、喪主、子供一同、父、義父、義兄、会社の社長、関連会社の会長、寺本元編集長、会社の社員一同に変更する。外の花輪の順番も気になるが、そろそろ参列者の来場がある時間なのでそのままにする。

 受付は会社関係を会社の総務、一般・学校関係を大里へ託す。

 その後、大里へ寄って手記「天女となった妻」のコピーをたのむ。

 礼服は隣家の畑山実さんが気を利かせて持参してくれたのでズボンのみ借りて脚を通す。

 17時半、聴敬寺の住職が見えたので打ち合わせを行う。

「なにぶん初めてなので相場を教えていただけませんか?」

「通夜・告別式の読経、戒名、初七日法要が30万円、車代が1万か2万です。あす副住職へ渡してください」

 こちらからは本家が十代ほど浄土真宗本願寺派の檀家であることを伝える。

 18時に「遺族・親族は着席を」との館内放送が流れたので急いで席に着く。

 木林さんからは焼香や参会者への一礼の仕方をレクチャーされる。

 僧侶の読経・法話に続いて喪主挨拶を行う。

「妻は13年前から皮膚ガン(悪性黒色腫)で闘病生活をおくり入退院を繰り返してついに力つきました。先ほど『天女となった妻』をまとめました。読んでいただければ、そのへんの様子がわかると思います。本日はご来臨の栄を賜りありがとうございます」

 その後、木林さんからは「参会者の焼香が途切れないで、会場の外にも行列ができています」との報告を受け、急遽香典返しや通夜振る舞いを増やす。

 長女作のDVD「母親の闘病集」も何回も再生。

 住職はしびれをきらして読経を切り上げる。

「これは何だ。いつまでたっても終わらない。もう帰らせてもらうよ」

「ありがとうございます。あすおつとめいただく副住職によろしくお伝えください」

 最後に千葉リトルリーグの徳川洋文監督・夫人、上武和実事務局長・夫人、コーチ、父兄、子どもたちの顔がある。

 監督夫人に妻の死に貌を見てもらうと「これが東関東大会決勝戦よ」と言って写真を2枚渡された。

 わたしは妻に写真が見えるように棺の上へ裏返しにする。

 すべての参会者が焼香を終えると、一人ひとりに挨拶。

 隣家の斎田さんに通夜振る舞いを誘い固辞されたが、親戚、畑山夫妻、川野夫妻、フォーラム主催者等には残ってもらう。

 終了後、東京等から駆けつけてくれた親戚や奈良の妻の友人を大網駅まで見送る。

 両親、妹、弟には自宅で横になってもらい、わたしは義父、義兄、子どもたちと一緒に通夜会場へ宿泊する。

 子どもたちは徹夜を決め込んだが、わたしはあすも大役が残っているので布団をかぶり、「嵐のような一日だった」と振り返る。

(つづく)※リブログ、リツイート歓迎

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