「あめ、あめ、あめ、あしただれくる?」
妻が千葉大病院の緩和科へ転科して数日がすぎた。
緩和科の矢口布由子医師より妻の現状と今後について説明を受けたあと質問する。
「記憶・視覚障害があるのは、MRI(体内の状態を断面像として描写)検査で確認された小さい8か所の影の影響だと思われます。ステロイドと利尿剤でむくみをとる。覚えていないことの苦痛、逆にガンの脳転移によって発生する恐怖心や過敏な知覚や思いを忘れることの楽があります。咳が目立つので肺の治療と、改めてレントゲンを撮る必要があります。症状は少しずつ進行します。悪性黒色腫は症例が少ないが、正常な細胞も死滅させます。それによって発生する脳梗塞はリハビリや時間が必要です」
「食べても食べても体重が減っていく感じです」
「からだが細くなっているのは、摂取している栄養を、成長細胞であるガンに奪われているからです。不必要な栄養が肺に水をため、体を動かしにくくしています。肺がキモになってくるので、その症状を出さないようにします。口から入るものはできるだけ摂取してください」
「記憶・視覚障害を除けば元気なような気がしますが」
「医師から見ても元気です。2~3か月頑張っている感じです。部屋や環境が変わるとナーバスになります。脳への転移で呼吸が止まり急変もあります。延命措置よりも自然(死)がいい。人工呼吸は可、心臓マッサージは不可。本人の苦労をとり除くことを尊重したいと考えています」
矢口医師のとても冷静な話を聴くと、皮膚科にいるときは「ともに生をめざす」だったのが、緩和科では「楽に死を迎えるサポートを行なう」という感じでスタンスが明らかに違う。
この違いが妻の感情やからだにマイナスの負荷を与えなければいいがと思った。
次男が千葉家庭裁判所八日市場支部へ行く日でもある。
車中では「家裁では、低姿勢で、丁寧に正直に応答するようにな」と説諭する。
調査官と次男のやり取りは下記の通り。
「平成20年7月、プールへ侵入。3回目は川下くん、高知くん、梅田くん、赤井くんと5人で間違いない?」
「はい」
「どうしてプールに入ったのか?」
「夏で暑かったし、ノリで入った」
「最初は?」
「初めてのときは覚えていない。ただ入りたかったのと、授業で入ったりしていたのでまずいとは思わなかった」
「では3回目のときの様子を教えてほしい」
「22時に川下宅から自転車2台で行った。学校へ到着し裏門から柵越えしてプールへ直行した」
「1月に警察に呼ばれて無視したね?」
「岡山の、母親の実家へ行っていたり、家に帰らなかった」
「逃げ通せると思っていたの?」
「そのときは思っていた」
「悪かった点を、いまはわかっている?」
「無断で学校やプールへ入ったこと」
「いま下宿生活はどう?」
「個室だし、学校に近いし楽しい」
「タバコは吸っているの?」
「少し」
「(未成年の)喫煙によって脳が発達しなくなるよ。ところで、平成21年2月にタバコを盗難したのはどうして?」
「ラーメン屋のバイトをクビになって金欠だった」
「どうしてお金を置いて逃げようとしたの?」
「見つかったからやばいと。お金を置いたから自分では解決したと思った」
「これ(隠しカメラ)見て。ちゃんと映っているの。お店の人にちゃんと謝ったか?」
「謝ってない」
「バイクのナンバー隠したよね」
「……(無言)」
「タバコをとろうとしてみっつぐらい悪いことをしたね。とられたお店のひとは、『なんだこいつ、全く反省していないじゃないか?』と思うよね」
「……(無言)」
「ほかにはやっていないか?」
「ない」
最後に審判官(裁判官)が処分を申し渡した。
「審判不起訴とする」
もし「審判・保護処分」と言われていたら大変だった。
20時、長女と長男が病院へ到着。
妻が「夕方にくるって言ってたじゃないの?」と怒りをあらわにしたらしいが、長女が楽しい話題を連発すると、そのうちになごんでいつもの表情をとり戻したという。
ただし、長女が帰ってきたのは夜中だ。
「おかあさんを疲れさせるなよ。こんなことならあす野球で水戸だけど、一緒に病院へ行ってタイムキーパーをすればよかった」
「おかあさんは、『夫がちっともこない』とぶつっていたよ」
「えっ、おれはほぼ毎日通っているぞ。きょうだって病院から次男の付き添いで家裁へ行った。あすは三男の野球だ。いるときよりいないときのほうをフォーカスされるとつらいな」
妻はこの日のことを次のようにまとめている。
とくがわさん(※監督夫人)、かわのさん 14~15時
あめがふってる
あめ あめ
あすやきゅうあるのかな?
あめ あめ あめ
あしただれくる?
妻は緩和科へ転科し環境が変わったことで明らかにさみしがり屋の一面をのぞかせている。
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