耳を疑った免疫細胞療法!
妻と長女をノアに乗せて自宅を7時に出て、会社へ8時着。
会社で少し仕事をして、新横浜へ11時20分に着く。
先客のおばあさんが「治療費の29万4000円は高額医療の対象になりませんか?」と拝むように尋ねたのに、受付で「なりません。確定申告の医療費控除の対象のみです」とそっけなく言われ残念がっている。
妻の順番がきたので一緒に院長室へ入る。
今回実施する免疫細胞療法だが、くわしくは「樹状細胞ワクチン療法」と「αβ(アルファ・ベータ)T細胞療法」というらしい。
樹状細胞ワクチン療法とは、免疫細胞の一つである樹状細胞の力を利用して、ガン細胞のみを狙って攻撃し、免疫細胞(キラーT細胞)を増殖させる治療法。
αβT細胞療法は、患者の血液を採取し、そこからリンパ球を分離して、T細胞の表面にあるCD3という分子を刺激、T細胞を活性化し、リンパ球を増殖させて、患者の体内に戻すという方法だ。
代金は、1回36万7500円で6回だと220万5000円になる。
免疫細胞療法の処置代を聞いて耳を疑った。
1回の処置代があまりに高額で、1回1回様子を見ていくのが得策だが、「奥さんの体は末期なので血液が次回とれるかどうかわからない」と言われれば6回分をまとめてお願いするしかない。
わたしが「6回やります」と言ったとき、それまで仏頂面の金尾亨院長の頬が「にたっ!」と緩んだのが気になった。
再び会社へ寄って、千葉大病院の皮膚科外来へ16時45分着。
妻はレントゲン検査を行い、克本晋一医師から次のように言われた。
「2月29日と比較して、水は溜まっていないが、最も大きい影が6.2ミリから6.4ミリに膨らんでいる。血液検査の結果、赤血球の値が高く、LDH値(悪性腫瘍などガンのときに高くなる)が降下。抗ガン剤の投与は問題ないが、月の終わりがつらければ翌月もう少し様子を見る。抗ガン剤は免疫の強い人なら延びる。メラノーマは樹状細胞に効くかどうかわからない。今回の肺はメラノーマの再発という確証がない。13年前と一緒とは誰も信じていない。口腔外科で口の中のホクロを検査する必要がある。抗ガン剤は13年前と同じ。ダカルバジンの量が以前行なったダブフェロン療法のときよりも多い。よく叩いたから飛び散った。転移は起きたばかりだろう。さっき走っているのを見て、余命2か月と言ったがもう少し延びそうだ」
家へ電話し、三男へ「風呂を掃除し沸かして入っておくように」と指示する。
長女が急に「蘇我駅か千葉駅で降ろしてほしい」と言うので聞けば「自分の誕生日祝いをしてくれた友人の誕生日で、お返しに自分が幹事でお祝いをしなければならない」と。
妻は了解しているようなので、わたしは「またか!」と思って突然不機嫌になり、「自分で行けよ! 入社を辞退する云々は母親の看病じゃなく友だちと遊びたいためか!」と言い放つ。
長女は千葉大病院からバスに乗って千葉駅へ出かけていった。
わたしは「女性の夜は危険なので門限がある」と認識しているのに、長女はそれとはお構いなしの生き方で、神様は意地悪をするものだと思う。
なお、「働いている自分が家庭と会社の両立で苦悩しているのに、子どもたちはいい気なものだ。ましてや長女には、母親と同性のよしみで、せめて就職するまではきちんと世話を焼いてほしい」と望んでいたのだ。
帰宅後、次男に八つ当たりで苦言を呈してしまう。
「冬眠するならそのまま寝とけ。食事のときだけ山(2階)から降りてくるなよ」
「じゃおれ、もう病院へ行かない!」
これに妻が反発する。
「病院へくるだけでも進歩したんだから」
「そうやって母親が甘やかすからああなっ」と言いかけて、妻のストレスを増やしてはいけないんだとわれに返る。
田川医師に瀬田クリニック新横浜での検査結果を報告した。
「HLA型(ヒト白血球抗原)判定で免疫療法に合致するものがあり、治療は可能とのことです。
今後のスケジュールは下記の通りです。
・3月12日 千葉大へ入院
・3月19日 千葉大退院
・3月31日 瀬田クリニック新横浜で樹状細胞ワクチン注射
・4月9日 アフェレーシスによる採血
※アフェレーシスだと単球がよく取れるので実施
・50ml 単球0.5~1.0×10の6乗
・アフェレーシス 単球0.5×1.0×10の7乗(6回分を一度に採取)
以上です」
田川医師から下記の返信があった。
「まずは、HLAに合致するものがあってよかったです。十年以上経ってから、再発したものは、『Late Recurrence or metastasis』といってたまにあるようです。ぼくの調べた文献では、早く再発したものより、予後は悪くないと書かれていたものも結構ありました。LDHが上がっていないのは、良かったです。外国の文献を申し込んでありますので、届いたら報告します。まずは、化学療法がんばってください」
免疫細胞療法の6回分でわずかな蓄えも早晩底をつくと考え、父親へ電話した。
「伯父さんから親父が譲ってもらった父祖伝来の土地を生前贈与してほしい」
「どうしたんだ?」
「妻の保険外診療で200万円ほどかかるんだ」
「いまあの土地で野菜づくりに精を出しているから手放したくないなー。おかあさんと相談して必要なだけ送金してやろう」
「ありがとう」
いい歳をして親に無心するのは情けないが、ほかに方法がみつからなかった。