長男のイジメ
5月に幼稚園のPTA総会を終えて晴れて無役になってまもない土曜の昼さがり、自宅へSと名乗る女性から1本の電話がかかってきた。
「中学校で息子さん(長男)と同じクラスのSの母です。4人で団結しましょう。これから集まって対策会議を開くのできませんか?」
S母は早口でまくしたてたが、こちらにペースを戻す必要があると思い、できるだけゆっくりと返した。
「なにかあったのですか?」
「うちの息子たちが同級生から『イジメを受けた!』と言われていますが、うちの息子もおたくの息子さんも悪くありませんから!」
「ちょっと待ってください。相手が『イジメられた』と言っているのになんでイジメがなかったと言えるのですか? わたしは息子が帰宅しだい、一緒に被害者のお子さん宅へ行って土下座をするつもりです」
「えっ、被害者? そんなことしないでください!」
「いえ、弱い者イジメは犯罪です。絶対に正当化できるものではありません。あなたも息子さんの話ばかり真に受けないで、被害者のお子さんの声に耳を傾けられたらどうです?」
「・・・・・・」
早速、中学校に電話して、ことの真相を確認する。
「息子の担任の先生をお願いします」
「わたしが担任の荒井伸吾です」
「先ほどSさんから電話をもらいました。どうなっているのでしょうか?」
「息子さんと鶴田修一くんは、SとTのふたりから『やれ! やれ!』と言われてクラスメートを殴ったようです。相手の親御さんから訴えると言われ、いま4人から事情を聴取しているところです」
「わかりました。息子への聞きとりが終わったら家へ帰していただけませんか? 息子と一緒に先方のご自宅へ謝りに行きますから」
「わかりました」
青天の霹靂とはまさにこのことを言うのだろう。
長男は、剣道を小1から始め優勝を総なめしてきた次男と比べ小4からの遅いスタートでいつも1回戦負けでくやし涙を流していたが、小6のとき郡市大会で準優勝するとめきめきと頭角をあらわしていた。
そろばんでも小6で1級を取得するなどがんばり屋だった。
安心していただけに大きなショックだ。
そこへ長男が帰宅してきた。
わたしははらわたが煮えくりかえるのを抑え、できるだけ冷静になり、長男に経過を説明させた。
「あいつ生意気なんだよ。おれたちが言うことにいちいち逆らいやがって」
「そうか。生意気だからといって手を出していいのか? 口で言われたのならせめて口で返せ。それを暴力に訴えたら人間じゃないぞ。しかもひとりを複数で」
「……」
「相手のお宅へ行って一緒に謝ろう!」
「いやだ!」
「お父さんは仕事を理由におまえたちの子育てをちゃんとしてこなかった。子どもたちの話にもちゃんと耳を傾けてやれなかった。そのことが底流にあると反省している。だからふたりで謝りに行こう」
「……」
隣で話の一部始終を聴いていた妻も口を開く。
「わたしも行く。行ってその子に謝りたい。ねー、お願いだから一緒に行こう!」
「おまえにも言い分があるかもしれない。だけど手をだしたらおしまいだ。謝るべきときはちゃんと謝らなければいけない」
わたしと妻は紺のスーツにサッと着替え、トヨタのタウンエースへ乗り、長男の誘導で同級生宅へ着く。
「こんにちは。山ノ堀です」
「(長男を向いて)おまえか? うちの息子に危害を与えたのは?」
「(わたしは長男の頭を押さえて一緒に)申し訳ありませんでした」
「謝ってすむ問題じゃない。うちの息子のアザは一生消えないかもしれない!」
「ご子息にも会って謝らせていただけませんか?」
「息子は『怖い! 暴力をふるった同級生の顔を見たくない』と脅えている!」
「すみません。これからは絶対に手をださないとお約束させていただきます。……そうだよな?」
「すみません。もう二度とたたいたりしないので許してください」
「きみにそれが約束できるか? 仲良くしてくれとまでは言わないが、うちの息子をあやめるようなことはしないでほしい!」
「わかりました」
わたしたちは最敬礼してその場を辞し車に乗り込むと、妻が次のような言葉を述べた。
「これまで家のことはほとんどなにもしてくれないおとうさんだったけど、きょうのおとうさんはかっこよかった! わたしなら絶対ああはできなかった!」
「いままで仕事、仕事でわるかったな。これからはもう少し家族のほうを向くようにする」
それまで家族との心の交流を遮断していて、長男にかけることばが見つからない。
長男には傾聴とカウンセリングが必要だと思った。