94.心の中で「申し訳ない」と手を合わせる

  1. 朝飯前の朝飯

心の中で「申し訳ない」と手を合わせる

 新横浜の日本料理店で昼食後、カーナビ通りにハンドルを切り会社へ向かう。

 首都高速の浜崎橋ジャンクションと三宅坂ジャンクションを降りてから財務省前から大妻女子大学までが渋滞している。

 その間、車の中で妻と次のやりとりをする。

「会社で仕事があるんだ」

「どれくらい?」

「1時間程度だよ」

「わかった」

「その間、どうせ暇だろうから岩野清志専務(当時)に少し挨拶してくれないか?」

「えっ、わたし、あのひと苦手。だって最初に会ったとき下ばかり向いてこちらを見ようともしなかったわ。それとこんなに体調が悪いのになに言ってるの?」

「あのときは鬱でふらふらして階段から落ちたりしていた。その後、病気を克服して専務に昇格してからは躁になり自信の塊だ。いまはひとの目を見てしゃべる。おれがこれからぽつぽつ休みをとらせてもらうので、きみからもひとこと言っておいてほしいんだ」

「気が進まないけど、わかったわ」

「ありがとう」

「で、なにを話せって言うの?」

「専務は無類の犬好きだから、うちのここあの話をすればいいんじゃないか?」

「わかった」

 会社の駐車場には15時30分着。

 妻に「マスクをしたほうがいい」と言うと「あるよ」と答えて車に戻る。

 ごそごそと探しているので、つい「1分1分が惜しいんだよ」と言ってしまう。

 妻が「あったよ」と言ってコンビニの袋からマスクを取り出し、口に装着する。

 執務室で岩野専務に「妻がきています。少しあってやっていただけますか?」と切り出す。

 妻には「話が終わったら車へ戻って休むように」と伝えて、自席でパソコンを起ち上げ、メールチェック後、溜まっている仕事をかたづけ、「16時30分過ぎに車へ戻る」と言ったが仕事がなかなか終わらない。

 デザイナーの竹中俊男課長からメールが入る。

「おくさんに挨拶させてください」

「妻は車の中へいるだろうから気軽に声をかけてくれたらいい」

 しばらくして再び竹中課長からメールがくる。

「ご挨拶しました。茶目っ気たっぷりで、すてきなおくさんですね。『夫がまだこない。約束の時間はとうに過ぎている』と言われてましたよ」

 わたしはあーっと天を仰ぎ、妻に「もう終わる。約束時間を1時間もすぎた。ごめん」とメールを送る。

 岩野専務に「早退させていただきます」と挨拶すると、「おくさんは立派だ、覚悟ができている」と言われる。

   万が一の場合、これからわたしひとりで子どもたちの面倒を見ていかなければいけなくなる。

   その前に、わたしが最も苦手な部分が得意な妻に、最後のひと仕事を託そうと思った。

   しかし、そのことで妻の体に圧がかかるのであれば申し訳ないことだと、心のなかで手を合わせた。

(つづく)※リブログ、リツイート歓迎

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