117.「感しゃの気持ちでいっぱいです!!」

  1. 朝飯前の朝飯

「感しゃの気持ちでいっぱいです!!」

 朝、リッツ・カールトン東京を出て、千葉県袖ケ浦市の東京ドイツ村へ向かってハンドルを切る。


 途中、東京湾上に浮かぶ海ほたるへ上がり、「あの帆船のような形をしているのがパシフィコ横浜。橋の向こうが木更津だよ」と教えると、妻はそんなことはどうでもいいといった感じで「風が強いね」と答える。

 東京ドイツ村へつくと、花好きの妻は「きれい!   きれい!」を連発して高揚する。

 しかし、ここでも時間がたつごとに水枯れした花のようにだらりと頭を垂れてしまう。


 子どもたちは「おかあさん、このまま眠り続けないでね」と念じながらじっと母親を見つめている。


 そんなとき妻は体が少しだけガクっとなって目を覚ます。

 そのときわたしが見かねて声をかける。

「そろそろ病院へ戻ろうか?」

 長男と次男を蘇我駅で降ろして、妻と長女、三男、わたしの四人で千葉大病院へ向かう。


 病院では医師から今後の方針が述べられた。

「国立循環器病センターでガンマナイフ(脳に対する精密な放射線治療)を1泊2日で行ないます。高エネルギーを集中してガンをやっつけます。ただし出血のリスクがあります。MRIで左後頭部上の患部が3センチ程度であればガンマナイフで時間を後戻りさせることができます」


「緩和科へ転科し、ターミナルケアで終末を迎えます」

「患者の容態が急変し心肺停止しても、その蘇生を行なわない。DNR(Do Not Resuscitation)と言います」


 もうわたしと家族には医師の方針に反論するだけのプラスの材料が残されていなくて、「わかりました」と答えるしかなかった。


 長女の代筆メモは下記の通り。
「次男、北海道へ戻る。長男、静岡の大学で授業。夫、皮膚科の医師から説明を受けたあと、泊り。脈65―67」


 妻は漢字の大半を忘れているが、がんばってひらがなやカタカナ中心に書いている。
「リッツカールトンホテルとてもよかった。
 ドイツ村に行ってピザを食べて病院へ戻る。
 毎日ありがとう。
 みんなやさしく感謝です。
 幸せな毎日をすごしています。
 子どもがたくさんいて本当によかったよ。
 みんなできょう力していろいろしてくれるので
 いままでのくろうがふっとんでいるよ!
 こんなしあわせなときをありがとう。
 三男たちがゆうしょうしますように。
 ぜったいだいじょうぶ ゆうしょうするよ!!
 元気でいないとね。
 だいじょうぶ まだまだ元気だから。
 全員集合楽しみ。
 楽しくすごすよ。
 次男にあうのも楽しみ!!
 うちの家族は宝物だよ!
 こうなってはじめて家族の大切さがわかった。
 ありがとー!
 感しゃの気持ちでいっぱいです!!
 まだ字が書けるよ!!
 よかった」

 わたしはいつかくるであろう“Xデー”が一日でも長く伸びてくれることを願うしかなかった。

(つづく)※リブログ、リツイート歓迎

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