6.不動産めぐりと金ピカ支店長

  1. 朝飯前の朝飯

不動産めぐりと金ピカ支店長

 妻が長女出産後まもなくして、第二子を身籠ると、マンションが手狭になる。

 新聞を開くと本紙よりもチラシのほうが厚く、なかでも不動産会社の物件やハウスメーカーの住宅展示場などの広告が目につく。

 無一文で上京し鍋や食器を少しずつ増やしている状況で、首都圏のマイホームは夢のまた夢だ。長男で、いつかは帰郷しなければ・・・・・・という思いも交錯。

 そんなとき、「草加駅徒歩2分、800万円」という新聞折り込みチラシに注目した。

 朝ごはん後に妻と長女を連れ広告主の不動産会社へ赴くと、宅地建物取扱主任者の感じがいい男性営業マンが800万円の物件を案内してくれた。

「ここは草加駅から至近で廉価ながら築40年、しかも旗竿地で建て替え困難です」

「日影で建て替えが無理なら諦めます」

「では、こちらはどうですか? 築20年、部屋数が多く広いし、駅までバス5分、徒歩でも20分、2,400万円です。ご主人の勤続年数と役職、年収であればローンも頭金ナシで可能でしょう」

「よし、ここに決めよう! いいな!」

 会社では、企画スタッフ、結婚情報サービス現場責任者、研修事業部スタッフ、東京営業所営業マンをそれぞれ約1年ずつ経験し、31歳で東京営業所長に昇進、給与も年12、3%ずつアップしているので強気に、その場で手付け金10万円を手渡した。

 翌朝、加藤佳寿夫取締役(当時)に報告すると散々。

「草加のここの中古を買おうと思っているのですが」

「バカだねー!。綾瀬川の道を隔てた隣じゃないか? この辺は2、3年に1回、大きな台風のたびに河川が氾濫している。その都度、住民は2階から小舟を漕いで脱出している。家内の親戚の歯科医は、それがたまらなくて草加から春日部へ転居した」

「でも、もう手付け金を払ったんです」

「たった10万円だろ? それより奥さんや子どもさんが水難に遭っても構わないのか? 業務として認めるから草加市役所へ行って浸水地域を地図で確認してきたらいい」

 翌日、草加市役所へ足を運ぶと確かに大型台風のたびに綾瀬川が氾濫していて、市の広報誌には「草加市長の最大の仕事は『治水』」と書いてあった。

 購入予定だった物件に再び立ち寄ると、加藤取締役が言われるように2階のベランダへ脱出用の小舟が設置され、近くの田畑には水に浸かった畳が何枚も立て掛けられていた。

「おっしゃるとおりでした。草加は諦めます。では、どこがお勧めですか?」

「わが家の神奈川県厚木市と言いたいところだが、すでに地価が高騰している。通勤圏であれば千葉県の大網白里町(現・大網白里市)であれば、きみでもローンが通るだろう。外房線の特急電車が停まるし、快速電車で錦糸町駅まで60分、東京駅も70分で着く。人口も急増しているから、そのうち市に昇格するんじゃないか?」

 早速、草加の不動産会社の営業マンへ電話した。

「あの家を買うのをやめます」

「どうしてですか? 夕方、ご自宅へ行くので話をしましょう」

 デニーズ川口青木店で話をして営業マンになんとか納得してもらった。


「では、会社へ月曜日の昼過ぎに来てください」

 営業マンが指定した日時に会社を早退して向かうと、メガネもベルトもブレスレットも金ピカでドスの利いた支店長が威圧する。

「おい、手付け金は返す必要がないのを知っているか?」

「知っています。しかし、あの場所は台風で水没していることを知らされていませんでした。支店長さん、あなたはあの場所で家族と一緒に住みますか?」

 支店長は金庫から10万円が入った封筒をおもむろに取り出すと、厳しい表情で発した。

「持ってけ!」

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